第133話 声
【いずこかの島】
「ギャギャギャギャギャギャ!!」
「バハハハハハ!!」
時刻は、日が傾く夕方。
空に広がる美しい赤に、焼け爛れた赤が差し込む時間。
今日はいつにも増して騒がしい島だった。
見えざる者が騒がしく島を埋め尽くす中、グルベールは堂々と、彼等の間を通り抜けていく。
グルベールが通り過ぎる度、周りの見えざる者達は驚いたようにサッと道を開けた。ニマニマと、乾いた笑みを残しながら。
いつもは聴こえる水滴の音が、今日は騒がしい彼等の音にかき消されている。
今日は風が随分と強い。木々も草も、暗がりの中こすれて音を立てる。まるで、風に怯えたように。
それが通り道になる。
「コルピライネン、コルピライネンはいるか!!」
グルベールが声を張り上げ呼びかけるが、誰も答えようとしない。
周りの見えざる者達も、ポカンとするだけだ。わざとらしく首を傾げ目を見合わせる。
「コルピライネン!!」
「コルピライネンにお用事ですかいな?」
もう一度声を張り上げたグルベールに、誰かが答えた。
どこからこちらを見ていたのか、しわがれた干からびた老人のような声。
近くの木の後ろに隠れているようで、その姿を見せようとしない。伸びきった影が、木からはみ出し怪しく動く。
「ムアチェレか」
「ケヘッケヘッケヘッ! あのコシトンチャクは、この島は嫌いですからよ。この島には、ほとんど来ないでげすって」
「それを言うなら、コシギンチャクだろう」
「ケヘッ!!」
それに、恐らく使う言葉が間違っている。
「そうか、奴はいないのか……」
聞きたいことがあったのだが。
少し苛立ち、靴をカッカッと鳴らす。グルベールが醸し出す雰囲気に恐れ慄いたのか、周りの見えざる者達はジリジリと後退りした。
「ところで、今街で暴れてる者は何者だ?」
「カシュマールの手下ですかい?」
「ほぉ、カシュマールの」
なるほど、とグルベールは納得する。
見た目といい火力といい、あの荒くれ者の手下らしいじゃないか。あの者も、そろそろ苛ついているのだろう。
まぁ、知ったことではないが。
「それで、あの者は街で何をしている?」
「ケヘッ! おどどさまのせいじゃなかったですかい」
あなたの指示ではないのか、と言いたいらしい。
そうではない、と告げるとムアチェレはニッと暗がりでほくそ笑む。
「カシュマールの手下は、わんぱかですかいよ。カシュマールが引きこもりですから、むちゃくちゃしてみたいんですよな」
「……わんぱくだ」
グルベールはため息をついた。荒らすのは結構だが、カシュマールがやる気になると厄介なのだ。
「まぁ、生まれたばかりのお前にそこまで求めるのは酷か」
「ケヘッ」
このような老いた見た目をしながら、生まれたばかりなどとおかしなものだ。
この者よりずっと昔に生を受けても、ろくに喋れない者など腐るほどいる。
「ところで、お前は動かないのか?」
「ケヘッ、ケヘッ!」
高らかな笑い声の卑しい振動に、木々が怯えたように震えた。風も吹かない静けさの中で、強くなびく。
見えざる者達も、怯える木々に一斉におどおどし始めた。
生まれたばかりのこの兄弟から、何故こんな気迫が。
「もう動いてますかい、抜けはなく。面白い話があるんですや」
「……ほぉ」
余裕綽々で答えるムアチェレに、グルベールはピクリと眉を動かす。
「少し時がいるですかい、おどどさまも楽しみしてくださいや」
何か計画があるらしいが、我々の──いや、部下達の計画は失敗してばかりだ。あの厄介な団のせいで。
その状況で随分と、大見得を切る奴だ。大口を叩く者は、大抵失敗するものと決まっている。
「……何をするつもりだ?」
信用していない様子のグルベールを意にも介さず、ムアチェレはニタリと笑みを浮かべる。
「おどどさま、人間とはとてもおっもしろいですかいなあ!! ここに来て当たりですや!!」
暗がりの笑みは、グルベールには見えない。木が塞がり、邪魔をする。
「人が、面白いだと?」
「いつか、どこかで聞いた通りでしたかい。人間とはとってもコワイ、しかしとっても弱くて哀れなもんですかいや!! ケヘヘヘヘッ!!!」
ムアチェレは、島中に笑い声を轟かせたのだった。