第131話 毛布
【テイクンシティー 中央通り】
【ニザチェ広場】
「ぎゃあああ!!」
「うわあああ!!」
人々が多く行き交う明るい時間に、堂々と現れたその存在。
街のシンボル、クラフツ教会がある中央の広場に、今回の見えざる者がいた。
「ピャアアアアア!!」
耳を突き刺すような甲高い高い音が、笛のように鳴り響く。笛に追い立てられるように、人々が逃げ惑う。
広場に揃って駆けつけた五人は、あまりの音に耳を防いだ。
「あ、あれが見えざる者?」
「ピャアアアアアアア!!」
今回の見えざる者も、奇怪な姿をしていた。
前に垂れ下がるほどでっぷりしたお腹。端が見えない程横に引き裂かれた口の中に、これ敷き詰められた長い歯。
口と顎しかない顔面。頭に生えた三角の角が、不自然に左右に伸びる。
茶色、赤黒い色、あらゆるちぎれた剥き出しの皮膚が目に飛び込む。皮膚を針と糸で縫い合わせたような、ガラクタのごとき脆い胴体。
その迫力に、アイリはごくりと唾を飲む。
「なかなか、見えざる者らしい見た目してんじゃん」
「美しくないね」
「……うん」
彼等のその目は、しっかりと見えざる者を見据えていた。
何度か見えざる者に遭遇したからか、そろそろ見えざる者にも慣れてきたようだ。
この制服を着ているのだ、心持ちだって変わってくるもの。正直アイリにとっては、自らのニセモノまがいの方が、よっぽど恐怖心を抱くものだった。
──やれる、これなら。
「よし、行きます!」
五人とも揃って身構え、飛び出そうとした瞬間。横からとある女性が割り込んできた。
「おわっ!」
「お願いします!! どうか、助けて……」
その顔は雪のように白く、血の気が引いていた。彼女は必死の形相で、そばにいたナエカの腕に縋りつく。
エリーナと変わらない歳に見える、若い女性。
「早く、早く!! お願い!!」
「ヒィ」
必死の形相の彼女に、ただただ戸惑うしかないナエカ。慌ててレオナルドが女性の元に駆け寄る。
「お姉さん、どうしたんすか?」
「子供が、あの子が」
「え?」
「助けて、早く!!」
指差した先の見えざる者を、目を凝らして見る。
「……ん?」
申し訳程度にくっついていた細い腕の先に、何かがいた。不安定な腕にぶらんと揺られ、今にも落ちてしまいそうだ。
小さな小さな存在。遠目でもその存在に気付いた一同は、ハッと大きく目を見張る。
「赤ちゃん!!」
「マジかよ……」
毛布に包まれた、小さな赤ん坊だった。
赤ん坊は恐怖のあまり叫び声も上げられないのか、顔をこれ以上なく引きつらせている。
──まさか、人質のつもりか。それとも、赤ん坊を彼女から奪い去ろうとしているのか。
「あんなとこ、下手すりゃ落ちるぞ」
「どうしよう!?」
このままでは、小さな生命が危ない。
「ピャアアアアア!!」
見えざる者が、大きな裂けた口を更にググッと開ける。
あれは笑っているのか。こちらを嘲笑っているようにも見える。
ショウリュウはギッと見えざる者を睨みつけ、目を鋭くする。
「どうする、坊や」
「……俺とあんたで、あいつを足止めする」
「それで?」
シキの問いかけに、ショウリュウはアイリとレオナルドにそれぞれ視線を送る。
「アイリ、あんたの足の出番だろ?」
「……!」
「あとはレオナルドが叩けばいい」
二人で足止めする。その隙に、アイリとレオナルドで赤ん坊を取り返す。
ショウリュウが一瞬で立てた、分かりやすい作戦。
「分かった!」
「よっしゃあ!」
「……私は?」
ナエカのぼやきを他所に、ショウリュウは勢いよく札を取り出す。堂々と見えざる者の前に立ちはだかった。
「イカサーバル!」
地面に叩きつけるように放たれた札、応えて吹き上がる風。
地を這いながら進む風は、見えざる者の足を取り巻く。
「……ピャ!?」
風がぐるりと見えざる者の足に絡みつき、足を動かせない。
「グラアアアアア!!!」
素早く変化したシキカイトが、激しく咆哮し威嚇する。ビリビリと周辺の建物が、声の振動で震えた。
見えざる者は怯んだのか、顔を背ける。
アイリはレオナルドより一足早く、ガッと足を踏み出し、赤ん坊に向かって一直線に駆けていく。
「アイリ!」
そのアイリの後ろに、レオナルドも続く。
見えざる者は、風をどうにかしようともがくが、やはり動かせないようだ。
──赤ちゃん、今行くよ!
アイリは走ってきた勢いのまま、一気に踏み切りジャンプする。
アイリの身体が宙に舞い上がり、赤ん坊に向かって手を伸ばした──その時。
「あれ?」
視線の先に確かにいた筈の見えざる者が、赤ん坊ごとスッと姿を消し、アイリの手が空を切る。
何も掴めなかった、手のひら。
レオナルドも慌てて立ち止まった。
「アイリ!」
「どこ!?」
「逃げたか?」
次の瞬間、アイリの身体が派手に吹き飛ばされたのだった。