第130話 色
【パレス 二階】
【テラス前】
いざ、出発の時。
仄かに新品の匂いが漂う、紺色の美しい団の制服。ボタンをキュッと留め、気合いを入れる。
見た目はスカートなのに、実はズボンというおかしな形に、アイリは驚かされた。キュロット、というらしい。
そして、襟の縁の鮮やかなライン。チラッと隣のナエカの制服を見ると、白い色のラインだ。だが、アイリのラインの色は違った。
「ほら、見て見て! 私は黄色だよ。マゴの木の花と一緒」
「ホントだ」
「青と白は綺麗だねぇ」
思わず二人でフフッと笑い合う。
そこに後ろからひょこっと、シキが顔を出して割り込む。
「姫もナエちゃんも、この僕と近い色だなんていいね。美しいよ」
「シキは何の色なの?」
「この僕はベージュだそうだよ、高貴な色さ」
柔らかい色が襟で光る。
ヒラリス曰く、長い歴史の中でベージュの色は誰もいなかったらしい。
「まさに、この僕は見る目があるからね」
「ベージュを選ぶキザな奴がいなかったってだけだろ」
隣で毒を吐くショウリュウのラインの色は、バーミリオン。そう、赤色だ。紺色の生地に赤で、アンバランスだが存在感がある。
「オレ赤が良かったって〜、とられたじゃん」
ぶちぶちと文句を言うレオナルドは、赤ではなくオレンジだ。赤がいい、とは言いつつも、オレンジはまさに予想通りの色。
活発なレオナルドらしい、太陽のような色だ。
「しかもさ、見てくれよ。見た時から思ってたけどさ、オレだけなんでズボン裾半分しかないの!?」
レオナルドだけハーフパンツで、半分だけの裾から素足が大きく覗く。一人だけ剥き出しの足に、恥ずかしさを隠せない。これも恐らくは活発なレオナルドに合わせて、のことだろう。
喚きながら嘆くレオナルドに、アイリとナエカはフフッと再び笑みを漏らす。
先輩達はカリンがピンク、ジェイがグレー、ヨースラがコバルトブルー。一人一人に決められた、大事な色だ。
「そういえば、エリーナさんのあの襟の色はなんて言うんだろ?」
エリーナの襟のラインの色は、あまり見覚えが無かった。花びらの色にありそうな、青みがかった薄い紫。
「モロールの花みたいだった」
「確か、ウィスタリアだよ」
「へぇ〜、変わった色だよな」
その時、アイリは一人忘れている事に気付く。
──あれ、ルノさんって色あったっけ?
思い返すが、ルノの制服の裾の縁に特別な色などあっただろうか。思い出せない。
「さぁ、巡回だね」
「ちょっと楽しそうなんだよ」
巡回とは依頼が無い時に、街に異常が無いか、見つかってない見えざる者がいないか見回りをすることらしい。
街の危険を事前に阻止する為に街に出る、というものだが。
少々建前も混ざっており、街の人々との交流することが主な目的になっているようだ。街の人々と交流を深めることで、いざという時協力を得られやすくなる面もある。
最近は依頼が多く、あまり巡回出来ていないようだったが。
「気楽でいいじゃんよ」
「最近先輩達、忙しそうだったのにね」
ナエカは内心で、少し安堵する。
曲がりなりにも見えざる者に遭遇してきたとはいえ、特訓もしたとはいえ、やはり怪物を相手するのには勇気がいる。
「いけない、もう団員なのに」
「ん?」
思わず声を漏らすナエカに、レオナルドが首を傾げた。
心の準備はまだまだ甘い。だがお披露目した翌日の依頼が無いというのは、いい事なのかどうか。
疑問を浮かべながらも、晴れやかな顔でバルコニーに出た。
この通路も二回目だ、もう勝手は分かっている。
「行くぞ」
「うん!!」
ショウリュウがカーテンの紐をクッと引っ張り、ゆっくりとスロープが現れた。
「フーーー!!」
「おい、先に行くな」
レオナルドを先頭に、勢いよく街に飛びだす。
「どんなお話しすればいいのかな」
「姫は大丈夫だよ、美しいのだから」
「他は大丈夫じゃねーのかよ」
パステルカラーの、活気ある通り。
パレスがある中央通りは、今日もいつも通りの賑やかで華やかな光景。この時間であれば、通りを歩く民も多い。
街に繰り出せば、彼等の制服に観客が沸き立つ──筈だったが。
「うわあああ!!」
「ぎゃああああ!!」
「あっちだ!!」
「逃げろおおお!!」
悲鳴を上げ、一目散に逃げる人々。
絶叫が木霊する。ぶつかりながら、転びそうになりながら人々は必死に逃げていく。
何度か目にした、緊急事態。
「見えざる者だああ!!」
「うわあああ!!」
彼等の目には、最早団員達は映っていない。
ショウリュウはため息をついて、振り返った。
「おい、今日は依頼は無かったんじゃねーのか」