第127話 最後
【オザーイ通り】
アイリはただ一人で、通りを駆け抜けていた。並ぶ多くの視線を振り切る。
シキが興奮する記者に捕まってしまい、今は一人だ。まだ見つかっていない自分のニセモノは、一体どこにいるのか。
──私のニセモノって、まさか勝手に幽霊さん呼び出したりしてないよね?
なんたる不敬、想像するだけで頭が痛い。
「どうやって探せばいいんだろ」
「あんたの悪運に頼るか?」
ハッと横を向くと、ショウリュウが追いついてきていた。記者に捕まり、質問攻めされていた筈だが。
「ショウリュウ、記者さん達はいいの?」
「逃げてきた。ちなみに、あんたのニセモノが最後」
「え?」
「ぎゃああああ!!」
割り込んできたつんざくような悲鳴、曲がり角の向こうからだ。
二人はサッと顔色を変える。
「当たったか、あんたの悪運」
「何それ」
ガラガラと足の車輪を動かし、一気に角を曲がる。
「……!!」
「……!!」
角を曲がってすぐ、視界に飛び込んだその姿。
二人は揃って言葉を失う。
「オオオオ……オオオオ……!!」
「ぎゃあああ!!」
「キャアアアアア!!」
その姿を見た者達は、死に物狂いで逃げだす。制服を着た二人には目もくれず。
「い、いやあああ!!」
アイリは、思わず絶叫していた。
喉が枯れる、恐怖で歯と歯がうまく噛み合わない。
「いや、いやああああ!!」
ニセモノ、アイリと同じ姿であるはずだったが。その姿は、アイリではなかった。どこから見ても恐怖しか植え付けない。
「オオオオオ……」
あちこちが今にも溶けてしまいそうな程ドロドロな、泥のような三本足の身体。
かろうじて、人のような見た目を保つ。
泥に不自然な程突き刺さった、いくつもの色のついたガラス。
「いや、いやあああ!!」
そして首元からいくつか飛び出した、かろうじてアイリかと分かる人の顔。
生気を吸われたかのような、干からびたような飛び出した顔。
ダラダラと身体を引きずり、こちらに向かってくる。アイリを探しているかのよう。
「いやああ、こわいいい!!」
「な、なんだよアレは」
ニセモノを造るのに失敗したのか、明らかにニセモノと呼べる代物ではない。
アイリは恐怖で立ち尽くした──その時。
「……え?」
クイクイ、と誰かがアイリの服の裾を引っ張った。
振り返ると、見覚えのある少女がにこやかな笑顔でアイリを見つめている。
「あ、あなたは」
以前、パレスで出会った花飾りの少女の幽霊だった。ショウリュウとそっくりな顔をした。
何故、こんなところに。
「どうしたの?」
「それはこっちの台詞だ、どっち向いてんだよ!」
ショウリュウには、彼女の姿は見えない。
心配しないで、と言っているのか、少女はニコッと微笑みかけてくる。
首を傾げていると、見えざる者の周囲を煙が取り囲む。
「あの煙は」
アイリの呪文が発動した時と同じ。
ショウリュウはサッと身構えた。煙からやはり飛び出した幽霊達。
だが、彼等は一斉に見えざる者を攻撃する。アイリではなく。
波のように軽やかに、次から次へと。
「えーー!?」
「オオオオ……」
雪崩れ込むように、霊の力が見えざる者を押しつぶす。
「まだ呼んでないよ〜!!」
ドドドドド!!
ポカーンとなるアイリを他所に、幽霊達は完全に見えざる者を押し潰してしまった。
冥地蘇生も、何も唱えていない。
ドゴゴゴン!!
「オオオオ……」
アイリのニセモノ──のなり損ないは、あっけなく粉々になり消滅していく。何者でもない最期だ。
幽霊達の手柄。
去り際に、揃って笑顔でアイリにピースを向けてくる。
まさに、嵐のようにあっという間のことだった。
「あ、ありがとう」
「今のは一体……」
未完成な状態のニセモノが幽霊を呼び、彼等の怒りを買ったのか。
いつのまにか、花飾りの少女の姿もない。
これで、五人のニセモノは完全に消滅したらしい。あまりにも、あっさりした幕切れだった。
不完全燃焼なのか、ショウリュウは今だにブツブツ何か呟く。
「向こうが不完全だったのか、それともアイリの術が」
「とにかく、どうにかなってよかったよ」
「ご、五人目だああ!!」
「え?」
アイリとショウリュウはその時になり、周りの取り囲む人々の異様な視線に気付く。
先程のショウリュウの時とは違う、怯えが混じった目。
「クレエールだ……」
「幽霊だったわよねぇ、今の!」
「クレエールって、あの?……どんな子なんだか」
「四人じゃないの? まさか、クレエールがいるなんて」
「あの……」
浮かれた雰囲気に圧されてしまう。久しぶりに現れた、クレエールの団員。
混沌とした雰囲気の中、勇気を出した記者が一人、アイリに近付く。
「剣の団の51期生ですよね。あの、お名前は?」
「……」
マイクを向けられ、アイリは人々を見渡す。興味と不安が混じった、落ち着かない表情が並んでアイリを見返す。
──そうだ、キチンと挨拶しなきゃ。
覚悟を決めたアイリは、全てを振り払うかのように受け取ったマイクを握りしめた。
「……こんにちは!! あの、アイリです、アイリ・ジェイド・クレエールって言います!! ガゼンに燃えて、えっと、イチガンになってがんばります!! よろしくお願いしま──アイタ!!」
──ごちん。
振り下げた額にマイクがぶつかった音が、キーンと周囲に響く。
「……」
ピンと糸が張ったように、シンと静まり返った。
しかし、それは一瞬だった。
「あははは!!」
「ははは!!」
「うわっははは!!」
観客達は皆、弾けるような大きな笑い声と笑顔で返すのだった。
age 9 is over.
次回予告!
「さぁ、巡回だね」
「責任、感じてもうたかな」
「おまじない、おまじない!」
「……どうやら、あの腑抜けのナエカの力がいるみたいだな」
「私の力って、こんなのなのに」
次回、age 10!
飛べない羽根!
「やることするだけだ、仕事するぞ」
お楽しみに!