第126話 作品
【中央通り いずこかの場所】
「アアアア、イマイマシイ」
まただ、また一人倒されてしまった。
その事実を悟り、彼は顔をしかめた。
いや、しかめる顔などありはしない。無機質なただのガラスの集合体。だが、無機質なそれは確かに生きている。
彼の生み出した芸術は、そのほとんどが51期生によって破られてしまった。あまりにもあっさりと。
「クロウシタノニ、コンナニモロイノカ」
「そうだな」
突如背後に現れた人影に、見えざる者はギョッとなる。
刺すような痛みを伴う、冷たく凍りついた気配。
「ア、アナタサマハ」
「能力を模倣してみせてもこの体たらくか。奴らの方がお前より、よっぽど優秀ではないか。そうだろう?」
──何故、主人がここに。
怯えるが、その感情がガラスに映し出されることはない。
ガラスは熱は通しにくいが、冷たさはすぐに通す。何も感情を感じない筈の体が、冷え切っていく。
「ジャ、ジャンクスサマ」
振り返ることは出来ない。この身体はただ、そこに座するだけ。
動けない見えざる者に、主人は銀色の髪をなびかせゆっくり近付く。
「お前、何故計画を理解しようとしない?」
他の団の者達はまだしも。
「よくもあの娘の分まで、模倣作品を造ろうと考えたものだな」
ガラスのように冷え冷えした声。風に揺れる、長い服の裾。
ただそこに佇むだけで、凄まじい圧を放つ。
「下手をしたら、計画に支障を来たしたかもしれないな。くだらない芸術ばかりに気を取られた、愚か者が」
言葉から滲み出る怒りに、彼は震え上がる。目を合わせる勇気など無い。
「計画に支障を来たす大失態。挙げ句、うす汚いガラクタ共はあっさりとやられた」
苦労などと、とんだ恥晒しじゃないか。
「オドドサマ、ジャンクスサマ、ヤメテ」
「お前のせいで賭けに負けたぞ、この罪をどうしてくれよう」
彼は運命を予見したのだろうか、押し黙ってしまう。
侮蔑の混じった声で冷ややかに微笑むと、主人は軽く人差し指をクイッと動かす。
「……!!」
見えざる者は、自らの身体の内側から何かが込み上げてくる事に気付く。
大いなる力。
膨らむ、膨らむ、身体の中で爆発が連鎖する。
馬鹿な、一切の術も使わずに。
「アア……!!」
「ほおら、遅い」
主人は最早興味も失せたのか、見えざる者にくるっと背を向けてしまう。
次の瞬間。
「アアアアアアアアア!!!」
見えざる者の身体から、ありえない物体が飛び出していた。
幾重にも伸びた、枯れた木の枝。
みるみる内側から枝を伸ばし、また伸ばし、争いながら身体を突き破っていく。バリバリと、ガラスを砕き枝が身体中から飛びだす。
「アアアア、アアアア……」
成長した枝は、大きな木となった。
見えざる者は、虚しく消滅していく。後には、細かいガラスの破片が散らばっただけだった。
「……生み出したものを消すとは、なんと無駄な時間を使ったものだな」
主人の言葉に応え、木は素早く萎れて枯れてしまった。枝がだらんと垂れ下がり、そのまま塵のように消滅していく。
主人はサッと裾をはためかせると、その場を去る。
機嫌を取り戻したかのように、笑みを残しながら。
その時階段を駆け上がる、何者かの物音が聞こえてきた。
カンカンカン!!
バン!!
入れ違うように屋上への扉が開かれ、団の制服を着た誰かが屋上に足を踏み入れる。
「……」
ルノだった。
屋上を見渡すが、そこにはもう気配は無い。見えざる者の気配さえも。
おかしい、誰もいないのか。
おどろおどろしい叫び声が、力の波と共に聴こえた筈だったが。
「はぁ……」
呼吸を整えながら、屋上の端に近付く。
「……!!」
そこには、キラキラ光る小さなガラス。陽に照らされている。
いや、ただのガラスにしては美しく光る、宝石のような何か。
ルノはその場にしゃがみ、そっと一つ指でつまむ。
哀れな残骸は、何も語ろうとはしない。周囲には風が吹き、不自然に荒れている。
何か、恐ろしい事でもあったと告げているようだ。
「……」
ルノは、この場に残された力の跡を見つめ顔を険しくした。