第125話 不自然
【ミツナ通り】
「レオ、ごめんね!!」
アイリはそう告げると、レオナルド、いやレオナルドのニセモノの対峙した。
ニセモノの瞳は狂気を映し出し、口角がググッと吊り上がっていく。興奮したその頬は、腫れ上がったように真っ赤に染まった。
「ハハハハハ!!」
ごめんね、と堂々と告げながらもアイリはたじろぐ。
──どうすればいい。ニセモノ相手に、クレエールの力を使うのか。こんな街の中心で、人々の視線が集まる中で。
悩んでいる間もなく、レオナルドがグローブをこちらに向けてくる。
「グル……」
アイリにグローブを突きつける姿を見たシキカイトは、顔色を変えなんとか身体を起こした。
「シニサラセエ!!」
「シニ、サラ──ほえ?」
彼が何を言ってるのかは分からないが、敵意を向けられているのは分かる。
あと、これだけは言える。
「レオは絶対、そんな事言わない!」
アイリを意を決して呪文を唱え始めた。
──この人は、レオじゃない。そう、ニセモノ!
「ハハハハ!!」
だが、当然だがニセモノのグローブの方が反応が早い。
大袈裟にグローブを振り回し、アイリに向かって光弾を放つ。
ドゴン!!
「ひゃああ!!」
左に横っ飛び。派手に光弾を交わしたのはいいが、着地出来ず転んでしまう。
周りの観客からも、あっと驚く声が上がった。
「ハハハ!!」
「!!」
畳み掛けるつもりで更にグローブを構えるニセモノに、アイリは顔色を変えた──その時。
「グルルル!!」
「シキカイト!」
シキカイトがアイリの盾になるように、レオナルドに立ちはだかる。唸る口から、歯が覗く。
「グルルル……」
「シニサラセエ!!」
だがニセモノは無慈悲にも、シキカイトに向かって光弾を放つ。
ドゴン!!
光弾は真っ直ぐ飛び、ハッキリとシキカイトを狙う。
シキカイトは強く足踏みをし、ギッと前方を睨む。地面にしっかり足をつけて。
そして。
「グルルル!!」
バグッ!!
「ええ!?」
オレンジの美しい光弾を、そのまま口でキャッチしてしまった。
放り投げられた餌を、上手く口で掴んだだけ。そのまま、ゴクンと喉に飲み込む。観客達からも、小さな悲鳴が上がった。
「ナ、ナニ!?」
「え、え、食べられるの!?」
「グル」
不味いのか、ペッペッと舌を出す。
「……」
前足で地面をカッカッと叩き、ギラッとレオナルドを睨む。獲物を狙う、獣の瞳。
流石のシキカイトの迫力に、レオナルドも僅かに後ろに退がる。
「ハハ、ハハ……」
焦ったニセモノは、ジリジリと後退りする。退がりながら、全く明後日の方向に唐突にグローブを向けた。
おかしくなったのか、ガシガシと頭をかく。
「ん?」
「きゃあ!!」
なんと、グローブは観客にいた一人の少女に向けられていた。
人質、というわけか。ニセモノは勝ち誇ったように雄叫びを上げる。
「ハハハハハ!!」
やれるものならやってみろ、と言わんばかり。
「ハハハ、ハハ?」
しかし、すぐに口をつぐむ。
目に見える範囲にいた筈の、獣の姿が見えない。充血しきった真っ赤な瞳を泳がせながら、辺りを見渡す。
「……?」
その時になってニセモノは、周りの観客が妙に増えている事に気づく。
遠巻きにしながらも、彼等を取り囲む外野達。だが、短い時間で不自然に数を増やしている。ぞろぞろと。
「……冥地蘇生」
アイリは小さく、小さく呪文を呟いていた。聞こえないように、さりげなく。
常識を超えて増えていく人間に、ニセモノはあからさまに戸惑う。
「フフッ」
そしてグローブを向けていた人質の少女は、煙と共にあえなく消えてしまった。
グローブが空を切る。
「!?」
「グルルル!!」
獣は、その隙を逃さなかった。
ガブッ!!
背後から素早く飛び出したシキカイトが、グローブを付けたニセモノの腕に噛み付く。
牙が、皮膚を破り深く突き刺さった。
「グルルルル!!」
「アアアアアアアア!!」
ピシピシピシピシ。
腕がひび割れ、素早くヒビが顔にまで達する。
ヒビ割れた脆い顔に、周りの観客が息を呑んだ。
パリーン!!
パラパラと破片が舞う。ガラスのニセモノはバラバラになり、絶叫を残して虚しく消え去った。
観客のふりをしていた幽霊達も、お役御免と帰っていく。
観客達は、いきなりゴソッと消えた人々に目を丸くした。不自然に隙間が空く、人の波。
「な、なんだ?」
「何があった?」
事態を把握出来ない観客達は、ただただ戸惑い狼狽えた。
その時、紺色の制服を着たシキが後ろから姿を現す。
「はぁ、なんだかまだ口が気持ち悪いんだけど。優雅じゃないなぁ」
見慣れた紺色のコート。
シン、とその場が静まり返る。
「姫、疲れたからあの店寄らない?……あれ?」
観客達が一斉にシキを凝視している。
制服を着ていても、いや着ているからこそ溢れ出るオーラ。
そして、とある観客から一本のマイクが差し出された。
「51期生ですよね、お話しを!」
「……」
シキは、優雅に一歩前に進みでた。
「何、この僕の時間かな?」
「おおお!!」