第124話 一発
【ラサ通り】
【酒屋 ルナ・モンド】
ヒュオオオオ……!
今にも暴れだしそうな風が、店の中を不自然に渦巻く。
その中で、レオナルドとショウリュウは向き合う。
いや、ショウリュウではない。これはニセモノだ。
紺色の見慣れた制服を着た青年と、風を操る怪しい青年の対峙。周りは固唾を飲んで見守る。
なんとかしてくれ、とその目が告げていた。
「まさか、ショウリュウと戦うとは思わなかったじゃん」
「……」
話しかけても、ショウリュウは答えようとしない。こちらのニセモノは随分と冷たいようだ。
「おい、剣の団だぞ。新しい奴だ」
「じゃあ、さっきのあいつ見えざる者……なのか?」
「まさか、はっきり見えてるぞ」
「じゃなきゃ、剣の団がこんなとこ来るかよ」
「たのむうぅ」
この期待には応えなければ。
「……」
本物の彼ならば絶対に見せない、ただのガラス玉のような瞳。
読めない瞳のまま、札を構える。ニセモノなのに何故、札を持っているのか。
「なんで能力使えちゃうんだよ!」
──いいじゃん、来いよ。
レオナルドはバンバン、とグローブを叩く。一発、気合い入れだ。
そしてニセモノがついに、札をヒラッと前に放つ。
ビュオオオオオオ!!
「うわっ!!」
強く吹く風に、目を開けていられない。叩きつけてくるような風圧に圧倒される。
ビュオ!!
風が一瞬やんだと思った瞬間、まだ開けきらないまぶたの隙をぬって、物理的な風の刃が襲い掛かってきた。
バルナだ!
とっさにそう判断し、レオナルドはグローブを小さく振りかぶる。術はいらない。
「うおおおりゃああああ!!」
一発、二発、三発、四発。
目にも止まらぬ速さで、パンチを繰りだす。正確に、標的を見据えて。
もっと、もっとだ!
「うおおおおお!!」
バチイン!!
風が弾け、千切れるようにその威力を失う。
「!!」
パンチが生み出す風圧だけで、バルナを打ち破ってしまったのだ。
それまでの無機質な瞳が色を変え、ニセモノが初めてぐにゃりと苦い顔を浮かべる。まさか、打ち破られるとは思わなかったらしい。
焦った様子で、もう一度札を取り出しバルナを放つ。
シュバッ!!
先程と同じ、風。
レオナルドは、思わず笑みをこぼす。何の面白味もない、先程と同じ術。
──なるほどなぁ。さてはこのニセモノ、バルナジンは知らないな?
所詮、ニセモノはニセモノ。
「ほっ!!」
軽く掛け声をあげ、後ろ向きにジャンプ。片手だけポンと地面に手のひらをつき、華麗に一回転しバルナを交わす。
軽い身のこなしに、見ていた観客からも感嘆の声がもれた。まるで映画ではないか。
焦りが見えるニセモノは、次々と重ねてバルナを繰りだすが、レオナルドには当たらない。
周りの柱に、バルナが虚しく傷を刻む。
ドゴッ!!
とっさに樽を思い切り蹴って、ニセモノに向かってぶつける。ニセモノは痛いのか、怯んだ様子で足をさすった。
「……!!」
シュバッ!!
逃げ場を無くし、横から取り囲むように襲ってくる風の刃。
レオナルドは店の椅子を踏み台にして横にジャンプし、壁を蹴って交わす。並んでいた戸棚のビール瓶が、衝撃でガラガラと崩れていく。
ニセモノはもう一度術を放とうとしたようだが、ポケットを探るその動きが止まった。何度も何度も、ポケットの中をまさぐる。
「……!!」
もう札が無いのだ。
「わりぃな」
そのままもう一度一気に壁を蹴り、大きく横回転。
「うぉりゃあああ!!」
回転蹴り。振り上げた足が、メリッとニセモノの頭に食い込む。
全力の一発。そのままテーブルにぶつかりながら、レオナルドは体ごと──ニセモノごと、床に雪崩れ込んだ。
周りからも、ハッとする声が上がる。
「イテテ」
パリパリパリパリ。
嫌な音と共にヒビ、余りにも大きなヒビがニセモノの顔にはっきりと入る。
ガラス玉が割れていく。
パリーン!!
派手な音と共に、ショウリュウのニセモノは消滅した。
これでニセモノは、あと二人。
「よっしゃあ」
ホッとするレオナルドに、観客達は拍手を贈る。
「おおお!!」
「やるな兄ちゃん!!」
「助かったぜ!!」
レオナルドを取り囲む、酒でまだ顔が赤い大人達。
「いやぁ〜それほどでも〜!」
照れながらアッハッハと笑うレオナルドに、近付く若い男性の姿があった。
笑顔のレオナルドに、サッとマイクを向ける。
「見てましたよ、剣の団の51期生さんですよね!?」
「……あり?」
狭い店に集まる周囲の視線が、レオナルドに向けられる。
「お名前は?」
興味津々を絵に描いたような瞳を見渡し、レオナルドは笑顔で返す。
「レオナルドっす、レオナルド・ローシ! レオって呼んで……なんつって」