第123話 妖精
【ミツナ通り】
「せっかく着替えたのに〜!!」
アイリはブーツを走らせながら、空に向かって虚しく叫ぶ。
「グルル」
横には、シキが獣の姿になって併走する。
ブーツはシキが変身に邪魔、と勝手に脱ぎ捨ててしまった。着替えても獣の姿になっては、変わり映えしない。
ブーツが入った袋をぶらさげるアイリの手が、なんとも虚しい。元々着ていた服も加わり、ずっしりと重みがある。
周りの人々は、その異様な光景に目の色を変えて立ち止まった。
剣の団の制服を着た女の子。更に、その横を走る謎の獣。石畳を軽やかに走る、車輪の着いたブーツ。
「ば、化け物!?」
「何なんだ、あの子は」
皆が恐れ慄き、二人と一匹に道を譲る。
この周りの視線にも、慣れてしまった。気にしてはいられない、
アイリはただ、シキに着いていっているだけだ。目的地への迷いが見えないシキに、アイリは首を傾げた。
「シキ、ニセモノが何処にいるのか分かるの?」
「グル」
分かる、と言っているのか、短く僅かに頷く。
「そっか、見えざる者の匂いが分かるんだっけ」
「グル」
シキの姿がこれでは、はい、いいえのやりとりしか出来ない。
「シキのニセモノがいたってことは、多分私のニセモノもいるんだよね」
「……」
「会っちゃったら、ちょっと怖いな」
嫌な予感がするのか、美しい毛で覆われた眉がグッと下がる。
──シキって、この姿になると性格変わってるような気がするな。なんだか、ショウリュウみたい。
アイリはふといい事を思い立ち、走りながら横を向いて獣に話しかける。
「ねえ、シキ」
「グル」
「その姿の時、シキカイトって呼んじゃダメ?」
「!?」
突然の提案に驚いたのか、これでもかと獣の眼を見開く。
「だって、その姿の方がシキカイトみたいだもん。それに、キツネとかオオカミって呼ばれるより、その姿にも名前があった方がいいでしょ?」
「……」
少し悩んだようだが、シキはグル、と小さく一言返した。
「じゃあ、シキカイト」
キキッ!!
「わぁ!!」
突然、シキ──いや、シキカイトがピタッと足を止め、アイリは転びそうになる。
「ぐわあああ!!」
その時、はっきりと誰かの悲鳴が聞こえてきた。角を曲がったすぐ先。
シキカイトは、真っ先に歯を剥き出しにして威嚇する。
「グルルル!!」
「いた?」
「ハハハハハ!!!」
辿り着いたそこは、マフラー、ニットなどの編み物のお店だった。
店の主人であろう中年女性が、店の奥に取り残されている。他に客が見当たらないのが幸いか。
いや、誰かいる。戸棚の影に一人、見覚えのある顔が。
「おばちゃん、逃げて!!」
「ひいいい!!!」
周りの人々が声をかけるが、主人は足がすくんでしまっている。
ドゴン!!
何者かの片腕には、紅く古びたグローブ。
「ハハハハハ!!」
目立つオレンジの髪。見慣れた顔をぐしゃっと歪ませ、狂ったような雄叫びを上げる。
まるで小さな子がおもちゃで遊んでいるかのように、あちこちに光弾玉をぶっ放す。
店主は逃げだそうにも、足がすくんでしまっているようだ。
ドゴン!!
光弾が暴れ、容赦無く店を壊していく。
「グルルル!!」
「レオ……?」
「アァン?」
恐る恐る声をかけたアイリに、血走った眼で振り返った。
「……!!」
レオナルドと瓜二つの顔。
無慈悲にも、真っ赤な瞳のままグローブをスッとアイリに向ける。充血した瞳が、爛々と輝く。
「グルルルルル!!」
シキカイトがアイリを守るように、ニセモノの前に立ちはだかる。そのまま、ニセモノに向かって飛びかかっていく。
ドゴン!!
「ギャン!!」
シキカイトの体が宙に舞い、ぽっかりと空いた穴から外に飛び出した。隣の店の壁に激しくぶつかる。
「シキ!!」
「ハハハハハ!!」
ニセモノのレオナルドは、再び高らかな雄叫びを上げた。
ニセモノとはいえ。
「レオと戦うの?」
「グルルル……」
しかし、やるしかない。隣には、シキカイトもいる。
アイリは、一歩ずつ前に踏み出す。
「レオ、ごめんね!!」