第122話 酒
【ラサ通り】
【酒屋 ルナ・モンド】
安くて旨いビールで有名なこの店は、中央通りから少し外れた場所にあるものの、昼間から多くの人で賑わっていた。
酔っ払う人々の、上機嫌な笑い声が飛び交う。いくつもの黄色のパラソルが、パッと華やかに開かれ店を彩っていた。
「なんだか、通りが騒がしいな」
「なんだ、おめえ聞いてないのか? 団の51期生が目撃されたんだってよ。制服着てたらしい」
「はぁ? お披露目、今日じゃなかっただろお?」
「それが、今日に早まったって話だぞ。ほら、前にもあっただろう」
「はぁ〜、どうりで盛り上がってると思ったぜ」
左側に座っていた彼等だけじゃなく、周りもその話でもちきりだ。
今日になって突如現れた、新しい51期生。
「めっちゃくちゃかわいー娘、いたらしいぞ」
「マジかよ!! うおっほぉ!!」
そんな酔った人々が盛り上がる活気のある店に、一人の青年が足を踏み入れた。
カランカラン、とベルの小気味いい音が鳴る。
「らっしゃい」
店員は青年の顔をチラッと見た瞬間、思わず蔑むような笑みをこぼす。
彼の若い見た目が、明らかにこの店の客の雰囲気にはそぐわないからだ。まだ少年、と呼べる歳だろう。
「どうした、坊ちゃん。この店は酒屋だ、若い坊ちゃんには、まだまだはぇーんだがなぁ」
「……」
重みのあるカーキ色のフードから、チラッと赤い髪が覗く。
「おや?」
彼が纏うただならぬ雰囲気に、店員は首をかしげる。
青年は無言のまま、ポケットから何かを取り出す。
そして、スッと前に放り投げたのだった。
一方、その頃。
『レオナルド〜、そっちどないや?』
「おわあ!」
まだ通りを駆け抜けていたレオナルドは、突然頭に響いてきた声に飛び上がった。
丁度カーブの途中で、バランスを崩しそうになる。
「ジェイさん、大丈夫なんすか?」
『ああ、能力の調子悪かったんやけど、もう大丈夫や。今、そっちニセモノ探しとるんか?』
「そうっす! ナエカのニセモノは、さっき倒したんすけど」
他にもいないか、通りを捜索中だ。
だがナエカは記者に捕まってしまい、まだこちらに追いついてこない。
「やっぱり、ニセモノ他にもいたんすか?」
『さっきピエール──ちゃうわ、シキのニセモノをショウリュウが倒したらしいわ』
「ってことは!!」
やはり、ニセモノは五人いるのだ。
幸い、その二人は早めに見つけることが出来たようだが。自分達の顔で何をされるか、どんな悪評に繋がるか分かったもんじゃない。
「あと、三人もいるんすか……」
『そうみたいやな。で、さっきドナちゃんから情報入ったんやけど』
レオナルドがいる場所、この通りの少し先にある野外の酒屋で。
『えー、かまいたちみたいなえらい突風が吹いて、お店がめちゃくちゃになっとるそうや』
「あーーーー!!!」
何が起こったのかは、言うまでもない。
「ショウリュウのニセモノじゃんか!!」
一気にターボを上げる。
制服姿で街を滑走するレオナルドの姿は、注目の的だ。
何故だか追いつこう、と必死にレオナルドの後をついてくる者までいる。
「おわぁ、マジか……」
通りを突っ切り店に到着すると、それは酷い有様だった。
まさに、阿鼻叫喚。
「きゃあああ!!」
「助けてくれええ!!」
ゴオオオオ!!!
店のあちこちで、風の刃が小さな店の何もかもを吹き飛ばしていく。
椅子、机、瓶、ビールの樽、ありとあらゆる物が無惨にも地面を転がった。ガラスの破片が床に散らばったまま。
自慢だったパラソルはあちこちが切り裂かれ、殆どが薙ぎ倒されている。
店の者も客も、襲い掛かる風の恐怖に怯えていた。
『レオナルド、着いたみたいやな。おったか?』
「……いたっすよ」
レオナルドが足を踏み入れた、店の奥。
「……」
札を構えながら、無言でこちらを振り返った存在がいた。
こちらを睨むように見据える、よく見慣れた不遜な表情。
「いた、ニセモノ!! かかってこいやぁ!!」
レオナルドは、パシッとグローブを叩き、構えたのだった。