第120話 象徴
【テイクンシティー 北寄り】
【ヨクマ通り】
「見つけたあああ!!」
石畳を通る車輪の音が強くなる。
レオナルドとナエカは、目の前を駆けていくナエカを追いかけていた。もう一人のナエカを。
そう、ハーショウの言葉はやはり正しかったのだ。
ナエカと全く同じ顔の少女は、不自然に速い足で通りを逃げて行く。
「……フフッ」
「は、はやい」
「見逃すかあ!!」
まさに幸運、だった。こんなに早くみつけるとは。
「ホントにいたんだ、ニセモノ」
「運いいじゃんよ」
こちらは服装が違うので、見分けはつく。
それでも前を行くもう一人のナエカは、随分と足が速い。こちらは足にローラーを付けているのに、それでも追いつかない。
明らかに、ただの人間ではない。やはり、見えざる者か。
「こっちにアイリちゃんがいれば……」
とにかくやるしかない、となんとかスピードを上げる。
「なんだぁ!?」
「見て、あの子」
「か、かわいい」
街の人々は、通りを駆け抜けるその異様な光景に大いにざわつく。
美少女を追いかける、同じ顔をした美少女。違うのは、その服装だけ。
追いかける美少女の、着ている服は。
「……フフッ」
「!!」
ニセモノのナエカは走りながらこちらを振り返り、たまに微笑みを向けてくる。
余裕たっぷりの、意地悪な乾いた笑み。
「なんかあの子、オレ達をおちょくってないかぁ?」
「……同じ顔してるのに、ムカツク」
キキーッ!!
「うわっ!」
その時、ナエカとレオナルドの目の前を出店の四輪車が遮る。二人は思わず立ち止まった。四輪車も、ギリギリのところで立ち止まる。
その隙を狙ってか、ニセモノのナエカはクルッと振り返った。
そして。
「んべー」
赤い舌をべーっと突き出す。
「なっ……」
「……」
ポカンとなるレオナルドとは対照的に、ナエカは口を結んで俯く。
追いかけなければならないのに、突然立ち止まったナエカにレオナルドはわたわたした。離されてしまう。
「お、おい、ナエカ?」
「フフッ」
ニセモノはこれ幸いと、サッサと逃げだす。
ナエカは頭の中のピンと張った糸が、チョキンと切れてしまったのを感じた。
勇気以上の興奮をたぎらせ、大きく足を踏みだす。
「おまじない!!」
ナエカは全力で叫ぶ。
人の多い通りの中、狙いはニセモノの少し先。
「わああ!!」
ナエカとレオナルドの着ている服に驚き、棒キャンディーを放り投げてしまった小さな男の子がいた。お兄ちゃんにおんぶされていた、まだあどけない少年。
その子の腕と同じ長さはあるだろう、長い棒キャンディーがゆらゆらと宙を舞った──次の瞬間。
「……びゃあ!」
顔にべったりと張り付く、真っ赤な渦巻き模様。
これがおまじないの力なのか。少し距離があったはずのニセモノの顔にべちょっと貼り付き、離れない。
唐突な気味悪さに、ニセモノは驚いてその場に立ち尽くす。なんとか剥がそうとするが、その顔はすっかり汚れてしまった。
「いや……いや」
「私と同じ顔で」
ナエカはグッと足に力を込めて、ダッシュする。
ついでに拳にも力を込めて。
「なんで」
カッと目を見開いたナエカに、レオナルドは思わずヒッと小さく声を上げる。
「あっかんべーなんてしちゃうのおおお!!」
ナエカは叫びと共に、全力でニセモノにタックルした。
派手な音と共に、二人揃って──いや、ニセモノだけ地面に叩き付けられる。
「おお、特訓の成果!」
感激するレオナルドを後ろに、ナエカはぺしぺしと微妙に柔らかい音と共にニセモノの頭を叩く。
ニセモノは、何故だか既に半泣きだ。
「バカ、バカ!! あっかんべーなんてしないんだから!!」
「ふええ〜ん」
ニセモノは情けない声でわんわん泣く。真っ赤なキャンディーで、顔が赤くべちょべちょだ。
もっとも、顔が赤いのはキャンディーだけのせいではないが。
周囲も、何事かと二人のナエカの周りに集まってくる。
「ふええ〜ん」
一際大きく泣き声を上げると、ピシッとニセモノの顔に亀裂が入る。
「え?」
パリパリパリパリ。
ガラスに、一瞬でヒビが入っていく。まるで、割れてしまったキャンディー。
そのままパリパリと嫌な音と共に、ニセモノのナエカは消え去った。
「消えちゃった」
「おお……」
その時になって、ナエカは周りを囲む人々の視線に、ハッと我に返る。
「この子がそうなのか」
「おやおや、なんと可愛らしい」
口々にナエカを見て感想を述べていく。
「……ヒィ!! あ、あの、えと」
「51期生の新入団員さんですね!?」
周囲の人の壁を乗り越えて、突然マイクを持った人がナエカに近付く。
ナエカは顔を真っ青にした。ダメだ、人がいっぱい。
「今のが、見えざる者の仕業だったんですね、そうですよね!?」
「は、はぁいい?」
「素晴らしい、退治してしまいました!」
通りの民の視線が、ナエカの着る制服に注目していた。
紺色の生地、左右二つずつの金色に光る大きなボタン。
上にピンと向いたギザギザの大きな襟、襟を縁取るはっきりとした白のライン。
そして見事に大きく刺繍が施された、太陽の上に剣が乗った剣の団の紋章が一つ。
そう、これがまさに長年国民が見てきた、剣の団の象徴だった。
「あの、お名前は!?」
「……ナ、ナエカ」
「え?」
「ナエカ・シュヴァンです」