第119話 上
【テイクンシティー 中央通り】
ヒュオオオオ……。
高いアパートメントの上。
建物の上を強い風が吹く中、その体はピクリとも風にあおられない。ずっと長き間そこにあるかのように、それは屋上に鎮座していた。
あちこちを水晶のように冷たく突き出した、ガラスの集合体。
遠くから見ると趣味の悪い誰かが造った、作品まがいにしか見えないだろう。路地の壁に身勝手に描かれた、芸術という名前の絵のように。
だが、確かにそれは生きている。呼吸をし、街を見下ろす。
「……ソロソロカ」
キラキラ、そしてピカピカ。
陽当たりがよく、身体中を細かい白い光が存在を放つ。嫌悪感しか感じない太陽の光は、この体が全て跳ね返してくれる。
透明で固められた、痛みを映し出す塔。
「ウゴキガアル」
微塵も動くことなく、ただ無気味に街を見下ろしていた。
【パレス 二階バルコニー】
「も、もう街に出るんだよね?」
ナエカは着替えた服を自分で眺めながら、足を震えさせていた。
アイリは大はしゃぎで、履いているブーツをいじる。
「すごい!! これで速く走れるんだね!」
靴底に車輪が付いた、特別製だ。四人ともお揃いのブーツ。
その場でクルクル回ってみせる。履き心地はバツグン。何でも、とあるエイドリアンの開発者からの贈り物だそうだ。
お披露目の度に、剣の団に贈られてきた物。
「あんたにはいらないかもな」
「えーー!!」
憤慨するアイリを他所に、レオナルドはバルコニーから下を見下ろす。
「なぁ、こっから行くっつってたよな。こっからどうやって下に行くんだぁ?」
「こうするの〜」
「え」
いつのまにかガラス越しに近くに来ていたカリンが、向こう側のカーテンの近くに垂れ下がっていた紐を、一気に引っ張る。
ゴゴゴゴゴゴ!!
「おわ!!」
「な、なに!?」
バルコニーを揺らす大きな音と共に、バルコニーの下から何かがせり出す。
金属のようなそれはどんどん伸びていき、一階の地面に突き刺さる。大きなスロープの完成だ。
「すっげぇ!!」
「こりゃまた、派手なヤツを」
「こっから行けるんだね!」
「ヒィ」
四人は、示し合わせたように自然と目を見合わせた。
これが51期生の一歩目だ。今日から何が始まるのか。
「よっしゃあ!! オレ達の初任務、行くっかあ!!」
「ヒイィ!!」
真っ先にレオナルドがナエカの腕を掴み、スロープを滑り降りていく。
踏み込みから爽やかに加速し、一気に飛び出した。まるで、ソリ滑りの一歩目のように。
「やっほおおおお!!」
「待ってよお!!」
「抜け駆けか、させるか」
アイリとショウリュウも覚悟を決め、二人の後ろに続く。頰をなでるような風が心地いい。
ドサッと、あっという間に地面に降り立つ。四人は器用に石畳の通りを、ブーツで滑るように駆けていく。
石畳の上で、ガーッと車輪の音が軽やかに鳴る。
アイリとショウリュウが追いつくと、自然と横並びになった。
「あんた達はナエカのニセモノな、俺とアイリはアイツを追う」
「うっしゃあ、行くぜ!」
レオナルドとナエカ、アイリとショウリュウの二手に分かれる。
躊躇などいらない。お揃いの格好、お揃いの履き物で通りを駆け抜ける。違うのは、襟のラインだけ。
まだそこまで人の多い時間帯ではなかったが、通りすがりの人々は、彼等のその服にハッと目を見張った。
「おい、見ろ……」
「ほら、あれ!」
街の雰囲気が、みるみる変わっていく。日常から、少しだけ非日常へ。
「じゃあ、また来るわ〜」
バタン。
「……ひゃあ!!」
とあるパンの店から出てきた若い女性は、目の前を横切ったアイリとショウリュウに驚き、思わず持っていたものを取り落とす。
袋から放り出されてコロコロと転がる、少し黒いパン。
「い、今の!!」
今横切った団員、見たことのない子だったと思うのだけど。
走る度に、周りの街の人々の視線が集まってくる。
興奮、興味、期待。
そんな視線を浴びながら、アイリは前を行くショウリュウに声をかけた。
「ショウリュウ、シキを探すってどうやって探すの? ジェイさんは今日いないし」
「知るか」
「えーー!!」
「探すっつったら探すんだよ」
なんだか、めちゃくちゃな任務。
初めてなのに、こんなに街の人が注目しているのに、これで大丈夫なのか。何処に向かえばいいのやら。
それでも、心はどこか晴れやかだった。
アイリは片手に、ある袋を持ちぶら下げていた。