第118話 偽者
【ミツナ通り】
ワーニャと別れ、店を出るシキは上機嫌だった。
評判通り、いや期待以上のカツレツとサラダに満足したのだ。
「デザートのフォンダン・ショコラも、なかなか美味しかったなぁ」
思っていたより独り言が大きくなってしまった、と苦笑した。
そろそろパレスに戻らないといけない。だがその前に、少し寄り道してもいいだろうか。
──ヒュウッ!
一瞬の風とともに、目の前を人が通りかかった。
「……ん?」
フワッと流れるブロンドの髪、ニコッとこちらを見て微笑む笑顔。
通り過ぎて行った、今のは。
今まで飽きるほど見た誰かの顔。そう、まさに自分自身の。
まさかの事態に、追いかけようとしたシキだったが。
「……あ!!」
ドグン。
シキは漂ってきた匂いを感じとり、思わずパッと鼻と口を手でふさぐ。
ドグン。
まずい、この匂いは。
内側から湧き上がってくる、暴れるような鼓動。
「はぁ、はぁ」
荒い呼吸を抑えながら、急いで建物の影に身を隠す。グッと胸を掴んだ。息を吐き出し、なんとか体を落ち着かせる。
この感覚には、まだ慣れない。カーッと胸の奥が気持ち悪いほどに熱くなる。
だが、ふと思い直す。
「……あれ、もしかして、我慢する必要あるかな」
そうだ、この僕はもう剣の団なのだ。見えざる者を見つけたのだから、追わなきゃいけないだろう。
シキはなんとか頭を動かし、周囲の様子を窺う。
大丈夫だ、今ここでこちらを見ている者は誰もいない。
シキは、身体中に込めていた力をフッと抜いた。
身体は光に包まれていった。
【パレス オーナー室】
「私にも、報告があったさね」
オーナーの言葉に、アイリ達もドナ達もハッとなった。
珍しく、ドナの瞳が泳いでいる。
彼等から話を聞いてエリーナ、カリン、ルノもオーナー室に駆けつけた。
街でハーショウが見かけたというナエカ、本当にナエカ本人だったのだろうか。
「ナエカ、ここにいるのにね」
「ほんとーにナエカだもんな」
「……ナエカだよ」
おどおどと後ろに退がってしまう。証明しようにも出来ないのが、少しもどかしい。
しかし、皆はあっさりと信じてくれた。
「そうだよね、ナエカだよね」
「ハーショウの奴が、見間違えたんじゃねーの?」
「他の子ならそれも分からないでもないさね、でも……この子を見間違えるかい?」
全員の視線がマジマジと、後ろでビクビクしているナエカに向く。
「うーん……」
「うーん……」
クリクリした大きな瞳、長いまつ毛。人形のように整った容貌。目立つブルーグレーのワンピース、可愛らしいリボン。
何より全身から滲み出る、美少女ですというオーラ。
「確かに……」
「この子は見間違えようがないでしょうね」
おのおの納得したようで、只事ではないと深刻な雰囲気が漂う。
納得されてしまい、ナエカは耳まで顔を真っ赤にしてしまった。
「じゃあ、ハーショウさんが見たナエカは」
「見えざる者の仕業、かもしれないというわけさね」
相手は、パレスの内部にまで刺客を放ってきたのだ。団を貶める為に、ますます狡猾な手を使ってきたのか。
エリーナが、うーんと呟く。
「もし見えざる者の仕業なら、ニセモノもナエカだけじゃないかもしれないですわね」
「え!!」
まさか、ニセモノは他にもいるのか。もし仮にいるなら。
「民との接触がまだ無い、51期生全員の可能性はあるわね」
「お披露目の直前だというのに、あんた達のニセモノがウロウロしてるようじゃあ……」
何をしでかすか、分かったもんじゃない。
守るべき民に、51期生の嫌な印象が広まったら。
「大問題じゃん!!!」
パレスの、そしてアイリ達の名誉に関わる。
マルガレータは、キッとアイリ達を見渡した。
「ほら、51期生のあんた達の初任務だよ! ナエカのニセモノを、さっさと片付けておいで!!」
「よっしゃあ!」
気合い一番、真っ先にレオナルドが飛び出そうとする。
それを止めたのは、アイリの一声だった。
「待って、シキは? まだ帰ってこないけど」
「え?」
そういえば、休憩も終わったのにまだ帰ってこない。
まさか。
「……まずは、あいつを探すか」
ショウリュウは面倒臭い、と言わんばかりに大きくため息を吐く。そしてさっさと広間から出て行こうと上着を手にした。
それに続き、アイリ達も扉に向かう。
「待ちな」
「何だよ」
アイリ達を呼び止めたマルガレータは、ドナに目で合図した。
ドナはサッと、大きな袋を取り出しアイリ達に手渡す。
「どうぞ」
「え?」
「任務に行くのは、それに着替えてからさね」
持ってみると、ずしっと重みがあった。
アイリ達は目を見合わせ、キョトンとしながらも袋を抱えて広間を出て行く。
「……」
その姿を見送り、先輩達はフフフと意味深げな笑みを浮かべた。
「ヒラリス」
「は、はい!」
「ちょっと、連絡とる準備しておくれでないかい」
唐突な言葉に、ヒラリスは首を傾げた。
「連絡、です?」
「そうさね、新聞社に」
「え?」
「あと、勿論テレビ局にもね」