第117話 事務局
【パレス内 事務局】
「ですから、ここにはいらっしゃいません」
事務局に戻ったベルは、受話器を片手に誰かと会話をするドナに気付き、ため息をついた。
──またか、あのしつっこいの。
「任務です。お繋ぎすることは出来ませんので、では」
ガチャン。
ようやく電話が終わり、ベルははぁ、と息を吐きながらドナに近付く。
隣には、困惑したままのヒラリスもいた。
「またあの親から?」
「特訓、お疲れ様です」
「まだ終わってないし! まったく、しつっこいのよねぇあの親ったら」
「ナエカさんはいない、とお伝えしてるのですが」
最近事務局では、とある問題が発生していた。毎回、その対処に時間を盗られる。
「今日何回目? ジリジリリンリンうるっさいたら、二十回?」
「……三十は超えました」
「はぁ?」
ベルは本を取り出し、うんざりした表情でパラパラとページをめくった。調べるのは、通話記録。
「……ホントだわ、三十四。全く、こっちにとっちゃいい迷惑なのよ!」
ズバリ物言うベルに、ヒラリスはアワアワと席から立ち上がる。
「声が大きいですよぉ」
この事務局は少し開けた目立つ所にあり、声がよく通るのだ。
だが、ベルはお構いなしにふんっと鼻をならす。
「いいわよ、別に聴こえたって。っていうか、言わないわけ? もういい加減、あのナエカとかいうチビちゃんに言わないの?」
「……」
いい加減、こっちも迷惑なんだから。
ジロッと視線を向けられたドナだったが、ゆっくりと首を横にふった。
「なんでよ」
「言う必要はありません」
言ったところで、どうこうなる問題ではないだろう。相手はなかなか強者だ、彼女だって止められない。
「ナエカさんがパレスに来ただけでも、凄いことのようですから」
正式に入団する前に問題を大きくしては、ナエカの入団に差し支えが出る可能性がある。
そう告げると、ベルは不満そうにドカッと椅子に派手に腰掛けた。
「ドナって、どこまでも冷静よねぇ。カワイイ見た目してんのに、つまんないったら。ねぇ、ホントーに15歳なの?」
「歳を誤魔化してはいません」
「そういう話じゃないってば」
ムスッと顔をしかめるベルにも、ドナは無表情なままだ。
あの電話で一番迷惑してるのは、明らかにドナだというのに。
ジリジリ!!
その時、また電話がけたたましく鳴り響く。
三人ともビクッと反応した。あの親か、とベルはため息を重ねる。
「ほら、また来たじゃない」
「ヒ、ヒラリスがとりますです」
焦りながら受話器を取ったヒラリスだったが、あの親の声が返ってくると想像し、口を引きつらせる。
「は、はい、お待たせしましたです。こちらパレスじむきゃ、事務局!」
「噛んだ」
「あの、ナエカさんなりゃここにはいませ」
『ん、ナエカ君がどうしたって? そっちにいないのかい?』
意外なことに、電話の相手は例の親ではなく、ハーショウだった。
「その声は、ハーショウさんですか?」
『うん。ハーショウなんだけど、51期生の子達って今日特訓だよね?』
「……そうです、皆様特訓です」
電話口のハーショウの声は切羽詰まっていて、ヒラリスは首をかしげる。
「あの、それがどうかしましたです?」
『それが……。今ミツナ通りにいるんだけど、ナエカ君を見たんだよ』
「えぇ!?」
まさか、また脱走か。51期生には、入団前だというのに既に前科がある。
だが、ベルはあることに思い当たり、ハッと目を見開く。
「まさかドナ、さっきの電話をナエカのチビちゃんに聞かれたんじゃないでしょうね?」
それで、親に抗議しようと脱走。その可能性は十分に考えられる。
ヒラリスは顔を真っ青にした。
「た、大変です、早く皆様に知らせなきゃ。ナエカさんを探さないと!」
『ちょ、ちょっと待って君達』
受話器をガタン、とテーブルに落として大騒ぎするヒラリス。
そんな彼等に近づく、人影があった。
「……私がどうかした?」
「今、ナエカって言わなかったかぁ?」
「え?」
後ろから話かけられ、事務の三人揃って振り返る。
ナエカとレオナルドが、こちらを見てキョトンと首を傾げていた。
「ええ??」
ヒラリスとベルは困惑し、顔を見合わせたのだった。