第116話 探偵
【ミツナ通り】
【洋食屋 ランテ・プリフェール】
「ふーん。あの坊や、リ・シリュウの弟ってことは、リ家の本家の長男なのか。どうりで偉そうな坊やだと思ったよ」
「あら、坊やなの?」
中央通りを少し左にそれた、ミツナ通りのとある洋食屋。
カツレツで有名な洋食屋の、二階の席にシキが座っていた。目の前で微笑むのは、スーツ姿の彼女。
「しかもホテルの娘に、ジャグボールの元選手──は聞いたな。へぇ、ヘイズの二人はあの学舎の出身なんだ。同じ学舎とは聞いていたけど」
「ね、ワックワクの情報でしょう?」
シキは厚みのある書類に目を通しながら、時折視線をチラッと上げて目の前の女性を見た。
出会った時は垂らしたままだった、長い緑色の髪。今日は可愛らしく、ハーフアップにして編み込んでいる。髪型を変えているのは久々で、新鮮な雰囲気だ。
「流石はワーニャさん、元記者の探偵さんは凄いな」
「褒めすぎよ~。それにしてもピエール君が剣の団に入るなんて、びっくらポンだわ」
「なにそれ」
──確かに、ずっと入る気は無かったからね。
ワーニャというその女性は、ウフフと手を頬に当てて可愛らしく笑う。
元々新聞社で、政府関係の記事を書く仕事をしていた敏腕記者だ。エリーナよりも少し年上だというのに、どこか愛嬌がある。
シキとは昔、取材関係で知り合った。
「これから大変よね」
「そう思う? だから、これからあまり会えなくなっちゃうだろうからさ」
「そうね~! 私もシクシクだわ、寂しいな」
少しわざとらしくしょぼくれて、ワーニャは下を向いてしまう。シキはこの僕もだ、と僅かに微笑むと、パラパラと分厚い書類をめくった。
「ん……?」
──アイリ・ジェイド・クレエール。
次にめくったページに書かれていたその文字に、シキは目を見開く。
「お、ついに姫のページだね」
「ああ、彼女ね。私もビックリしちゃった、クレエールの当主のひ孫で、次期当主なんでしょう?」
「へぇ、姫が……」
嬉しそうに顔を輝かせるシキに、ワーニャは首を傾げた。
「ピエールったら、聞いてなかったの? 流石にこれは知ってるかな〜って思ったのに」
「次期当主、とまでは聞いてなかったなぁ」
勿論、クレエールの本家の出身であることは知っていたが。
姫のことなら、何でも知りたいのに。
「あのさ、もしかしてさっきから姫って呼んでるの? やだ、気になる〜」
「いやいや、何でもないんだよ」
シキは苦笑いしながらそう返すと、開いていたページを読み返す。
「……え?」
「どうしたの?」
そこは、先程開きそこなったページ。
「……ワーニャさん、これは本当なのかな?」
そのページのある文章を示して見せると、ワーニャは少し躊躇ったが頷く。
指差したのは一つの言葉、現当主。
「ああ、そこね。えぇ、間違いないわ。そのことで、向こうの国じゃ大騒ぎだったみたいよ」
「当主なのに、家はどうしたのかな?」
「さあね。その家は、今は別の親族が住んでる──というか、住み着いてるらしいわ。でも、彼が当主の証まで持ち出しちゃったから、宙ぶらりん。あの一族はもう、無いも同然かもね」
天井を見上げて思案する。天井には、やや揃った美しい木目。
「ふうん、あの坊やも意外に苦労してるんだね」
努めて明るく返したシキは、運ばれてきたコールスローサラダを口に運ぶ。
「ん、ここはサラダも美味しいな」
「そうでしょう? なんたって、私が調べたお店なんですもの」
「やっぱ美しいな、ワーニャさんは」
「それで……どうなの?」
突如聞かれたシキは、フォークを握っていた手を止めた。
「どうって?」
「会ったんでしょう、団員達に。どうだったの、ドキドキの初対面!」
──会ってみたいわ。
目をキラキラさせて尋ねてくるワーニャに、シキは思わず苦笑した。
「面白そうな人達だったよ、ワクワクってやつ。偉そうな坊やはいるんだけどね」