第115話 地面
【パレス 地下】
「決戦は近いわよオオン?」
地下に響く一声。
お披露目がついに決まり、特訓の密度は増していた。リンゴの指導にも熱が入る。
後ろにはいつもの通り、ベルが控えていた。ふてぶてしい表情で、本を片手にこちらを睨む。
アイリ達は息を切らしながら、はぁあとその場にへたりこむ。呼吸が乱れて、上手く息が出来ない。
ほとばしるのは汗。
「今日めっちゃキツイじゃん……」
「教官、元気いっぱい」
「ところで、あの娘は誰なのかな。さっきから目に入って、気になるよ」
「……ベルちゃん」
「集中しろよあんたは! なんであそこでぶつかってんだよ!」
思わず声を上げたショウリュウに、リンゴはニタリと歯を見せる。
「あららん? おチビちゃん達、まだまだ元気そーねん」
黒い笑いを浮かべるリンゴに、ベルがサッと本のとあるページをめくって差しだす。
「リンゴお姉さま、現在のあいつらの体力です」
「ほらぁ、やっぱり元気じゃな〜い」
白い地面を滲みながら変化して、浮かび上がった数字。その横には、アイリ達一人一人の名前。
レオナルドは本を指差し、あんぐりと口を開けた。
「ヤバイじゃんあの本、怖え!!」
「あの娘なんだい? 面白いなぁ」
「だから、ベルちゃん」
地面に片手をついてケラケラ笑うシキに、リンゴは再び意地の悪い笑みを浮かべた。
「いい笑顔、まだまだ余裕ね〜ん。行くわよん」
人差し指だけを、誘うようにクイッと動かす。
皆が反応するより先に、二十面体の青いダイスが一つだけ、リンゴの指の間からすり抜けていた。
コロコロと、凸凹した地面を転がっていく。
「来たぞ」
「何番!?」
「ヒィ!」
ダイスは軽やかに転がり、何回か転がるとパタッと止まった。
真上の空を向いている面に、描かれているのは。
「出た!」
「17だ、青の17!」
「17!?」
アイリは必死に、数字の行く末を思い出す。17、17、17。
「17って、どんなのだっけ」
「17はイヤだぁー!!」
ナエカの虚しい叫びも届かず、リンゴの力が炸裂する。
「……あおのじゅうなな」
リンゴの声に応え、青いダイスがカタカタと震え、赤い光を放つ。
ポフン!!
間の抜けたような音と共に、何かが弾けた。
「来るぞ!」
リンゴの後ろで、ゆらりと影が動く。
召喚されたのは、リンゴに仕える働くチェスの駒、ルーク。出た足が生えた、不自然な白き塔の姿だ。
そう、リンゴと同じくらい大きなチェスのルークが、ズラッと角度を揃え並ぶ。
「出たああ!!」
「ヒィイ!!」
駒達は一列に行儀よく並び、何故かベルに向かって敬礼する。一糸乱れぬ動き。
「さぁ、行くわよん」
リンゴの合図と共に、ルーク達ののっぺらぼうの顔が一斉にこちらを向く。ポーズを決め、行き先は真っ青な顔をするアイリ達。
強く地面を蹴り、見事なスタートダッシュを決める。
「ほええ!!」
「のわああ!!」
まさに弾丸。
アイリの足でも敵わない、凄まじい速さで向かってくる。シャカシャカと力強く動く、まっすぐな細い石の足。
あっという間に五人に追いつくと、クルッと一回転しそれぞれにぶつかる。
「キャア!!」
しかし、痛いわけではない。
物理的にガツンとぶつかったわけではない。ぶつかる寸前でクルッと回り、ルーク達はペタンと紙のように体を薄くする。
そして。
「お、おもいいい」
「うぉー、体がぁああ」
「……こいつらシメる」
アイリ達は、鉛を詰め込んだようになってしまった身体をなんとか動かし、必死に前に進む。
ルーク達はアイリ達に取り憑き、一体化して重みを乗せてしまうのだ。アイリ達の影の中に潜り込み、取り憑く。
「ほらほら、そこの線までよん」
ヒィヒィ悲鳴を上げる彼等の中で、リンゴはナエカにチラッと目を向けた。
「あなた、そこでおまじないしないとよねん?」
「ム、ムリ……」
反応するには、あまりにも早過ぎる。結局、ナエカも皆と一緒に体を引きずるしかない。
「ふう」
「おい、影つなげんなよ、何してんだよ!!」
シキがドサッと倒れ込んだ先には、ショウリュウの影があった。
当然、二人の影は蹂躙されていく。シキに取り憑いたルークにも、ショウリュウに取り憑いたルークにも。
「おわっ!!」
「ハハハ!!」
「あんたなぁ!!」
カンカンに怒るショウリュウだが、シキはしれっとスルーして地面にへたりこむ。
「そ、そろそろ能力の特訓、しないのかな?」
引きつった笑顔を貼り付けながら、さりげなく抗議するシキだったが、リンゴはハッと一笑いするだけだった。
「体は資本って言うわよねん。基礎がなきゃ、能力もへったくれも無いわよん」
「シホン?」
「はぁ……」
──脱力。
結局、時計の短い針が真上を向くまで、たっぷりとこのルークに付き合う羽目になった。
午前はこれで終わりよん、というリンゴの言葉に、一斉に地面に倒れこむ。
「だあああ……」
「ほえええ……」
「つかれたぁああ……」
地面が冷たくて気持ちいいことを、アイリは学んでしまった。
立ちあがろうとしないアイリ達の中、シキは一人スクッと立ち上がる。
「さて、この僕は行くとするかな」
「え?」
「一緒に行かないの?」
「さ〜て、どこだろう。姫のお誘いなのに悪いけど、この僕も付き合いがあるからね」
軽くウインクして、シキはスタスタと出て行ってしまった。先程の疲れ切っていた姿は、もうない。
「もう動けるなんて……」
驚くアイリ達を他所に、ショウリュウはキッとシキが出て行った扉を睨むのだった。