第113話 賭け
【テイクンシティー いずこかの場所】
「まぁ、はなからそこまでの期待はしてなかったよ」
報告に来た部下に、主人は座ったまま後ろを向き、表情を見せようとしない。
ただ、指でしゃん、しゃんと鈴を鳴らして遊ぶだけ。
「ケラジーヴィルにはな」
浮かべているであろう表情を想像し、コルピライネンは冷や汗を流す。敢えてなのだ、この主人が顔を見せようとしないのは。
それを、コルピライネンは分かっている。
「も、申し訳ありませんですだ……」
恐れ慄きながら頭を下げると、主人はクルッと椅子を回し、ようやくその表情を見せる。
意外にも、不敵な笑みを浮かべていた。その手には、ケラジーヴィルが残した鈴。
「捕獲は叶わず……」
「何故、お前が謝る? お前がわざわざ出向いて時間を稼いでやったというのに、奴が失敗したのだろう?」
「は、はぁ」
「あの出来損ないも、想像していたよりはまともな動きをしたようだがな」
この部下の働きを無駄にした、とまでは言わないが。
それでも結局、本来の目的はケラジーヴィルの失敗により、達成ならず。
目論見が外れたというのに、主人は余裕の色を目に浮かべる。機嫌がいいようだ。
「残念ながら、あの獣を手にすることは出来なかった」
あの、凶暴な力。彼等に戦力が渡ってしまった、しかし。
主人は口角をニッと釣り上げる。ここ最近では部下には見せなかった表情だ。
「他に、思っていた以上の収穫があった」
本当に、頼りになるのはこいつだけだ。
「収穫……。おどどさまが長く気になさっていた、あの者の能力のことですな」
「そうだ。予想はしていたが、確証が得られなかった」
確証を得るのが難しい、厄介な能力。
かの能力の持ち主ならば、間違いなく計画の邪魔になる。早めに警戒したかいはあった、というもの。
「今回の件で、ようやくはっきりしたじゃないか。あいつの能力が、お前の手で」
「は、はぁ……。恐縮ですだ」
かの能力が判明したのは、必ずこちらの手となる。
ただ、今回のことで彼等が戦力を揃えたのも事実。団は一気に動きだすだろう。
「ようやく、あの娘もお披露目というわけか」
「左様ですだ、パレスでは既にお披露目の準備が始まっているらしいですだで」
「……」
主人は鈴をもう一度しゃなり、と鳴らした。
ただの鈴ではない、導きを見せる物。
脳裏に浮かぶのは、まさにあの娘。まだ幼さが残っているあどけない顔。
「……不十分だな」
「はい?」
「まだまだ足りない、全くもって不十分だ」
計画が進まない。こちらが思っているよりも、時間は味方ではないのだ。
計画に支障が出ることは許されない。
「少し急ぐ必要があるな」
その為にも、奴が必要だ。
「奴はどうしている?」
奴、というのは。誰のことを指しているのか分からず、コルピライネンは一瞬、困惑する素振りを見せた。
だが、すぐに気付き表情を戻す。
「は、はぁ。そのお披露目で何やら企んでいるようですだで、さっき他の兄弟が噂しておりましただ」
「ほう、企み」
まさか、お披露目をぶち壊しにでもするつもりか。
あからさまに不安そうな表情を浮かべるコルピライネンに、主人はクスクスと笑いだす。
「いいだろう、放っておけ。奴がどう出るか、見てみようじゃないか。たまには賭けにでるのも悪くない」
「はは!」
コルピライネンは不安が拭えないようだが、おずおずと頭を下げた。大方、こちらの機嫌を気にしているのだろう。
運に任せるなど、自分らしくもないことをしたものだ。
主人は椅子からスッと立ち上がった。目の前に広がるのは、星の数ほど見たであろう見慣れた街の姿。
──少しも変わり映えのしない街。
退屈で、薄汚れた街。
「運なんて、ただの簡単でだらしない結論じゃないか。勿論、最後の賭けはこちらが必ず勝つ。よいな?」