第111話 姑息
【地下 医務室】
ジェイがようやく目を覚ますと、その目に心配そうにこちらを覗き込むルノの顔が映った。
「大丈夫か」
「……どんくらい寝とったん?」
まだしっかりしない頭のままそう尋ねると、ルノはポツリとニ時くらい、と返す。
「俺、そないに寝とったん?」
「血が臨界点を超えて、リュート起こした」
能力を使いすぎて器を超えると、個人差はあるが暫くはろくに動けなくなる。
能力を使い過ぎて、気を失ってしまったようだ。
体を起こそうとするジェイに、ルノは有無をいわせずベッドに押し戻す。ジェイがおかしな擬音を口にしたが、気にしない。
「他のみんなは?」
「広間」
徐々に意識がはっきりしてくると、ジェイはパレスの状況を知りたがった。
ルノの話に、目を尖らせる。
「侵入者やて……?」
「見えざる者、アイリ達を襲った」
偶然とは思えなかった。
リンゴの馬車が壊れ、何名か団員がパレスを離れるのと同時にパレスに侵入者。
おまけに、ジェイは突然動けなくなる。
幸いヨースラがパレスに残っており、アイリ達の活躍もあって撃退されたようだが。
「そいつここに送り込む為に、俺こないなっとるんか?」
「……」
ジェイは悔しさに、拳を僅かに握りしめる。
何かしらの手で、ジェイの能力を妨害したのだ。恐らく、見えざる者の侵入を悟らせない為。そして、団員達が戻ってくる時間稼ぎ。
パレスに侵入者なんて、とんでもない事態になるところだった。
「わけわからん情報が、一気に頭に雪崩れ込んでくるような感覚やった……。力を無理やり、頭に捻じ込まれたみたいな」
「……」
無理やり能力を引き出され、リュートを起こしたのか。あの時頭に雪崩れ込んできた力は、暴走した自分自身の力。
それはつまり、民には知られていないジェイの能力を知られている、ということではないか。
一体どこの誰が、こんな妨害を。
ジェイはその時、ルノが握った手に何か持っている事に気付いた。
「ルノ、それ何持っとるん?」
「……」
ルノがジェイに手を開いて見せたのは、血の色のように真っ赤な石だった。
まず、お目にかかれない石。自然のものとは、とても思えない。
所々欠けていてゴツゴツしていたそれは、乱雑に絵のようなものが描かれてある。絵、と言えるかも分からない落書きのような。
「ポケットに入ってて、落ちそうになってた」
「何やコレ……?」
いつの間にポケットに入っていたのか、ジェイには見に覚えの無い石だ。受け取って天井にかざすと、照明の光に反射してキラキラと光る。
怪しい赤い光。
「ジェイの」
「知らんわ、俺のやない。ヌヌレイさんに調べてもらおうか」
もしかしたらその犯人のかもしれないし、と付け足すと、ルノは表情を強張らせる。
神妙な面持ちのルノに、ジェイは思わず苦笑した。
「ええ度胸しとるんちゃう? 姑息な手使うやんか、敵さんも」
敢えて少し茶化した言い方になったジェイだったが、ルノは表情を崩さなかった。
ジェイの目が、笑っていなかったから。
「ところで、そいつは結局ここに何しに来たん?」
「新入り」
「は?」
意外な単語が飛び出し、ジェイはキョトンとする。
「新入りやて?」
状況が読めずに目をパチパチさせるジェイに、ルノは表情を変えずに続ける。
「新入りを連れて行こうとした」
「新入りって、51期生のことやろ? 連れて行くやなんて……。もしかしてアイリちゃんか、それともショウリュウとか?」
誰を狙ったのか。
前のめりになって尋ねるジェイに、ルノはあっさりと首を横に振る。
「シキ」
「シキ? 誰やねん」
「アイリ達が勝負に勝った」
「……」
ルノの言葉の意味をようやく理解し、ジェイはこれでもかと目を見開いた。
「それはよ言えやーーーー!!!!」