第110話 五人目
【大広間】
「この僕の負けだよ」
シキはソファーの背もたれに堂々と腰掛け、満面の笑みを浮かべた。負けという言葉には、とても似合わない態度。
「じゃあ、団に入ってくれるの?」
アイリの問いかけに、シキはゆっくりと大きく伸びをする。
「しょうがないねぇ、当てられちゃったし。ルーイ達の勝ちってことで」
団に入らなければいけなくなったというのに、飄々としている。これではどちらが勝者なのか。
「ビックリした……」
「まさか、シキがあのオオカミだったのかぁ」
今だに実感がわかない様子のナエカとレオナルドに、シキは芝居がかったように威張るポーズをとる。
「フフフ。騙しきれると思ったけど、見えざる者がこっちに来ちゃうとはねー」
「セリフと顔が合ってねぇじゃんよ」
「情緒どこだ」
見事に見えざる者を倒した、嘘みたいなあの力。
獰猛なあの姿と、目の前で優雅に微笑む彼が同じ存在だとは。
はぁ、と感嘆の声を上げるアイリとナエカ、そしてヨースラを他所に、ショウリュウは眉をひそめ目を三角にした。
「獣化能力……」
アッカーソン系能力の中で、最も異質でかつ危険視されている能力だ。
血の力で獣に変化し、本能のまま見えざる者に襲いかかる。
アッカーソン系能力は自らの身体そのものを武器にするのが特徴だが、そのものどころか身体を異種族に変えてしまう。
シキは自らの行いを思い出したのか、嘆かわしいと言わんばかりに目を伏せ、ふるふると首を横にふる。
「全く美しくないんだよね。ルーイ達も見ただろう? 正直、この僕は気に入ってないのさ」
「ううん、綺麗だよ!」
すぐに否定してくるアイリ。
シキは、ゆっくりと瞳をアイリに向けた。
「きれい?」
「綺麗、うん、美しいよ!」
「あれが?」
苦笑混じりに答えるシキに、アイリは目を逸らさず頷く。
「美しい名前がいいって言ったでしょう? シキは、あのオオカミさんのことだもん。シキカイトのシキだもん!」
「……」
アイリの言葉に、シキはにへら、と目をぺたんこにした。
「そうかぁ〜そうなのかぁ〜」
「これからよろしくね、シキ」
笑顔のアイリに、シキもヒラヒラ手を振る。
「うん、よろしく〜」
これで、シキが仲間になったのだ。
レオナルドはナエカと目を合わせると、よっしゃあ、と拳を空に突き上げた。
「これで51期生揃ったじゃん、やったぜ!」
「え、そうなのかい? この僕が最後か」
「五人目だね!」
「不本意だがな」
51期生が揃った、ついに五人揃った。
その言葉に、ヨースラはへなへなとその場に崩れ落ちた。
「ちょ、ヨースラさん!」
「長かった……長かったです……」
ようやく引き継ぎが終わるのだ。
じーんと余韻に浸るヨースラに、後輩達も笑顔になる。
その時、玄関がガヤガヤと騒がしくなった。
「あ」
「ほら、他の先輩達帰ってきたよ!」
早く知らせなきゃ。
ずっと待ち侘びていた、と言っていた先輩達なら大喜びするだろう。
アイリとレオナルドは大はしゃぎで、玄関に向かう。
「おい、待て!」
後ろからショウリュウの制止する声が聞こえてきたが、気にしない。
何故か深刻そうな表情をしているショウリュウに、シキは首を傾げた。
「どうしたんだい、坊や」
「坊やじゃねぇっつってんだろ!──なんか、様子が変だぞ」
玄関にたどり着いたアイリとレオナルドは、先輩達を見つけて駆け寄った。
「おかえりなさい!」
「こっち大変だったんすよ〜」
「アイリ、レオナルド」
一人振り返ったエリーナは、明らかに焦っていた。目が泳いでいる。
「……エリーナさん?」
「話、あるんすけど」
「ごめんなさい、後でね」
「え?」
アイリとレオナルドは目を見合わせ、キョトンとする。
ふとエリーナの後ろに目をやると、何やら慌ただしい。
ルノ、カリン、リンゴ、何故かハーショウ、ドナ、ヒラリス、ベルまでいる。
どうやらリンゴは無事だったようだ。
皆で必死に何かを運んでいた。壁のように並び、何を運んでいるのか見えない。
「……!!」
ふとルノの顔が見えたが、見たことが無いほど顔をこわばらせていた。
……何?
その時、アイリはある事に気付いた。
そういえば、ジェイさんはどこに行ったんだろ。いないみたい。