第109話 贈り物
【三階 オーナー室】
「見られてしまったのですよ」
パレスのオーナー室で、マケドニアとマルガレータは向かい合って座っていた。
マケドニアは淡々と語りだす。
「もう……何月か前になりますかな。息子は我が屋敷の庭師の目の前で、獣の姿から元の姿に戻ってしまった」
──風の強い日だった。
庭師の前に突如現れた、美しく白き獣。
「ピ、ピエール様!??」
「はぁ……はぁ……」
怯える庭師の前で光に包まれたかと思うと、仕えている主人の末息子の姿になった。
その人物は振り返り、庭師に気付く。
彼のかたわらには、見えざる者の血液が模様となって地面に色をつけた。
「庭師が言うには、息子は今まで見たことのないような、怯えた目をしていたそうです。いつも強気な息子が」
主人の息子がエイドリアンだったという事実に、屋敷は大騒ぎになった。その時、外出していた父親の耳にも届く。
こうして息子の能力を知ったマケドニアは、すぐに動いた。
剣の団に入れようと考えたのだ。
「元々、息子には昔からおかしなところがあったのです。異常に嗅覚が強かったり、派手に傷を負ってもすぐに治ったりね。だから、かえって納得した部分はあったのですよ」
「嗅覚、ねぇ」
「鋭いだけならまだしも、見えざる者の匂いに反応し、能力が発動してしまうようだ」
エイドリアンは見えざる者と同じ、オロロの力を受け継ぐ。
恐らくは同族、の匂いを嗅ぎ分けてしまうのだろう、皮肉なことに。本能のまま、獣に変化して見えざる者に突撃する。
このままだと、息子があの獣だと広く知れ渡るのは時間の問題だった。
覚醒した彼は、もうただの人間ではない。彼のこれからは一変した。
「この世は思ったよりも冷たい。皆、自分が理解出来ないものは目から追い出そうとするのです」
見たことがないもの、触れたことがないもの、分からないもの、そんなものは恐怖でしかない。
人が突然獣になるなど、誰が想像するものか。こんな不可思議な世界でも。
そして、誰が触れてみようと思うものか。
「このマケドニアの息子だとしてもね。でも、息子が剣の団なら話は別だ」
かの有名な剣の団なら。恐ろしきその能力で、たくさんの人々を救うなら。
「冷たいこの世は何でもそうだ、与えなければ何も降ってはこない」
望むなら、与えるしかないのだ。何も望まぬならそれでもいいが、そんな人生など。
「もっとも、息子には伝わらず反対されましたが」
苦笑混じりに口にする。
息子も流石にもう大人、自分の意思は強かった。
顔を真っ赤にして絶対に入らない!と宣言し、目を話した隙に屋敷から抜け出していたのだ。
もしかしたら、怯えていたのかもしれない。
「息子としては、厄介払いされたと思ったのでしょうな。化け物の自分を屋敷に置いておけない、と」
自分はもう邪魔者なのかと考えたのか。
本当に厄介払いするなら、資産家であるマケドニアにはそれなりの方法はあったのだが。
「そのような手など、このマケドニアが考えることがあろうはずもない。息子を引き取ると決めた時から、実の親に顔向け出来る息子にするよう努めてきたのです。もっとも、現実は考えていたより容赦ないものでしたが」
実の親は、あの子を天国からどう見るのだろう。
その母親から貰った、とんでもない贈り物。
勝手に飛び出し、変身してしまった息子を見つけたのは、まさかの剣の団の団員だった。
「見つかってよかった、おたくの団員には驚かされますな」
「そうさね、自慢の子達だよ」
同じ贈り物を持つ子達。この贈り物で、彼のこれからはどうなるのか。
マケドニアには、スッとマルガレータに頭を下げた。
「どうか、息子をよろしくお願いしますよ」