第10話 挨拶
ジェイ・ジーン・スター。
それがジェイの本名だった。ジェイ・ジーンを縮めてジェイジー、のあだ名でも呼ばれているらしい。
そんな事はテイクンにいる人間なら、誰もが知っていること、らしい。
──まさか、自身を知らない人間に巡り会うなんて。しかもそれが新入りだなんて、思いもしなかった。
「この仕事やってきて三年目、こない虚しなったんは初めてやああぁあぁぁぁ」
廊下に響く嘆き。案内中のハーショウに着いてきたジェイはずっとこの調子で、アイリをオロオロさせていた。
「あの、私ってば知らなくてごめんなさい。ずっと丘で遊んでばかりだったから、その」
「……」
あまりフォローになっていない。ジェイはぶつくさ言いながら、傍の机にあった新聞をずいっとアイリに差しだす。
『ジェイジー、エコ橋に出没した見えざる者撃破! 見せつけた49期生の貫禄』
その日の一面トップだ。堂々と新聞に載る姿、ジェイ自身の写真も一緒に大きく載っていた。
この国のカラフルな新聞では、彼の黄土色の変わった色の髪も綺麗に映る。
普段新聞など殆ど手にしないアイリにとっては、新聞に写真が載ることなど、どこか異次元の世界だ。いや、そうでなかったとしても。
「スゴイ」
「せやろ~、スゴイやろ」
「この記事、本当かい? 大層に書かれているね」
「ええやんけ、細かいことは」
鼻高々に胸を張るジェイ。だが、アイリには気になる文言があった。
「49期生……?」
「ちょー待てや、そこから説明いるんかぁ!?」
何故かアイリではなく、自身に詰め寄るジェイに、ハーショウは顔を引きつらせながら説明する。
「だ、団は一年に一回、今のこの時期に団員を集めてる。団が結成された時、一番最初に入った人達が1期生になったんだ。アイリ君、君は51期生として入ることになる」
「私が、51期生?」
「そうだよ。そして、ジェイ君は君の先輩になるんだ。49期生だよ」
「センパイ? って?」
「えっと」
唖然とするジェイの、この子大丈夫か、というじっとりした視線が痛い。めけずに、ハーショウは必死に口を動かす。
49期生が最年長らしい。つまり、今の団は49期生、50期生しかいないのだ。しかも、たったの五人。
「前の代の子達が抜けてから、たった五人で頑張ってきたんだよね」
「そうなんだ……」
「だから言うたやろ、ずっと待っとったって」
そう言いながらニカッと笑うジェイに、アイリも顔を綻ばせる。
──彼等にとって、アイリは希望。
一同は、階段を上がって二階に来た。
開けていた一階とは違い、狭い廊下に多くの閉じられた部屋が並ぶ。何かの資料室だろうか、本棚が立ち並ぶ部屋が見えた。
前方にテラスが広がる。突き出した大きな窓から覗く、街の綺麗な光景にアイリはわぁ、と小さな歓声を上げた。
「実は今日、51期生で先に着いている子が二人いるんだ。是非アイリ君に紹介しようと思ってね」
「51期生!?」
51期生、一緒に入る新しい子。アイリの胸が弾む。
──そうか、私だけじゃない。どんな子なのだろう、仲良くなれるだろうか。
隣のジェイが、微妙に気まずそうな表情をしているのが気になるが。
「サロンで、カリン君と待ってもらってるんだけど……。そうだジェイ君、カリン君はどこかに行ってたりしないかな」
そう尋ねられたジェイは、急にその場に立ち止まり、アイリはぶつかりそうになる。
ジェイの瞼が降りていき、ゆっくりと目を閉じた。意識を集中させているようだ。
これが、もしかしてジェイの能力か。アイリは気になって気になって、仕方がない。
──これは何をしてるんだろう、占い?
「あー。カリンの奴、オーナーに呼ばれとるな」
「そうなんだ、早く行かないといけないね」
それだけだ。何事も無かったかのように、さっさと歩きだす。
目の前で明らかに能力を使ったのに、ジェイは明かす気は無いらしい。二人だけで分かる会話をされても、アイリにはさっぱりだ。
どうして、その、カリンという人の居場所が分かるのだろう。うーん、遠くまで見えたりする能力とか?
アイリの疑問はつきなかった。
ハーショウの先導で、さくさくと先に進む。少し抜けると、サロンらしき休憩スペースが見えた。
深い赤の色をしたカーペットが床に敷かれ、机の上にも深く赤い色のマット。お洒落な雰囲気を醸しだす。
「ほら、あそこにいるよ」
手前のゆったりした大きなソファーに、誰かが座っている。
こちらに気付き、ソファーから立ち上がり振り返った少女の姿に、アイリは息を呑んだ。
「……!!」
小さな顔にくりくりした大きな瞳、長いまつ毛。ほとんど白に近い薄い紫色の、緩やかで綺麗な髪。白い肌に細い手足。
アイリと同い年くらいだろうか。可愛らしいブルーグレーのワンピースに、赤色のリボンで髪を二つに結んでいる。袖の裾にあるレースが上品だ。
まるで人形のような、動いているのが信じられない程のとんでもない美少女だ。こちらを不安そうな表情でじっと見つめている。
「アイリ君、この子が51期生のナエカ・シュヴァン君だ。君と同じ18歳で、マジェラの子だよ」
マジェラ、の名前は聞いたことがある。リーゼ・マジェラ、太陽の始祖様の一人。
この子も私と同じように、始祖の血を受け継いでいる。
アイリは挨拶しようと、笑顔でナエカにスタスタと近付く。
「初めまして、アイリです。これからよろ──」
「ヒッ!!」
全てを言い切る前に、ナエカは近付いてくるアイリに慄いて、パッと後退りした。
ビクビクと体を震わせ、完全にアイリを怖がってしまっている。
「あの」
この反応を予想していたのだろう、ジェイは大きくため息をついた。ハーショウは後ろでさりげなく冷や汗を流す。
アイリはどうすればいいか分からず、ナエカの前で固まってしまった。
なんとか沈黙を破ったのは、ハーショウだった。
「えーと、ナエカ君、レオナルド君はどこに行ったのかな?」
ナエカはやはり肩を震わせながら、窓を指し示す。
「窓?」
「おいおいすげぇって!! 見ろよ、やっぱりここおもしれ~!!」
カーテンで隠れた窓から、カラッとした大きな明るい声が届く。
ハーショウの腰よりも、高い位置にある大きな窓。
カーテンがサッと開かれ、突き出した窓から一人の少年が顔を覗かせた。小さい子供のような、キラキラした目でナエカに呼びかける。
「ナエカ、こっち来てみろよ! ここすげーじゃん、こっから庭見えるぜ、ほらほら!!」
活発そうな、溌剌とした雰囲気の子だ。
高い窓の淵に、堂々と片足をかけている。狭い狭い僅かな淵に。
「……あり??」
レオナルドというその少年は、唖然とする一同に気付き、ポカンと大きく口を開けて固まった。
ジェイは、更に深くため息をつく。
「大丈夫なんかいな、51期生……」