第107話 無尽蔵
【パレス 一階】
【奥の廊下】
「きゃああああ!!!」
振り上げられるレース。
刺すような速さで飛んでくるレースを、三人は転がってなんとか交わす。
上空高く舞い上がる、自分の体。おぼつかない足と、ふわっと持ち上がる心臓に、アイリは恐怖の悲鳴をあげた。
「クソッ……」
ショウリュウは考えあぐねていた。風の刃が跳ね返された今、どうコイツを倒すか。
「アイリ!!」
「ほぇ!?」
下から必死に声をかけてくるレオナルドに、アイリはなんとか体を動かす。
「呪文いけっか、頼む!」
「う、うん!!」
そうだ、怖がっている場合ではない。剣の団ではないか。
アイリは宙に振り回されながらも、ふぅ、ふぅと呼吸を整える。
目をスッと閉じ、言葉を紡いでいく。
「この身は息吹となり、遥か遠きたゆたう水に届き……」
「ウルサイ」
「ほえ?」
レースが更に勢いを増し、ギュッと巻き付いてくる。アイリの体が更に高く舞い上がった。腹の底がふわっと持ち上がる。
「ひぃやあああ!!」
「落ち着けー!!」
「──チッ!!」
ショウリュウは軽く舌打ちすると、何枚もの札を指に挟んで広げた。
「バルナジン!!」
シュバババ!!
ショウリュウが放つ言葉と共に、風の刃がいくつも飛んでいく。
バルナとは比較にならない、多くの刃。
「リリリ?」
「ひゃあああ!!」
アイリと目の鼻の先に、行儀よく並んで勢いよく飛んでくる刃。
「おい、ショウリュウ!」
「アイリちゃんに当たっちゃう!」
「そんなヘマするか」
思わず目をつぶったアイリだったが、刃はこちらにはぶつかって来ない。
刃はアイリや他のレースをすり抜け、見えざる者の本体に直撃した。
見えざる者の身体が風の刃で、ビリビリと裂けていく。
「よっしゃあ!」
「……あれ?」
裂かれた部分が枝分かれし、そこから新たなレースが生まれていく。
するすると伸びていく、見えざる者の身体の裾。
「……!!」
「何だよ、アレ!」
あの身体は無尽蔵なのか。
「タカラ、ダス」
見えざる者は何事も無かったかのように、のっぺり顔をゆっくり三人に向ける。
その迫力に、三人は後退りした。
「もっと強い術をぶつけるしかねーか」
「どうすんだよ!」
「俺の術より、あんたのグローブの方が効きそうだな」
──悔しいことに。
ショウリュウは内心で舌打ちする。レオナルドの術を前に、相手はわざわざアイリを盾にしたのだ。
あの術の時だけ。
「だが、アイリをあいつから引き剥がせねーと」
「また盾にされちまう、か。よっしゃ」
その為には、もっと敵に近付く必要がある。術は遠くからだと、威力も落ちるのだ。
なんとか、アイリから注意をそらせれば。
レオナルドが気合いを入れてグローブを鳴らした、その時。
「あの見えざる者の気を引けばいいんですか?」
後ろから聞こえた声に、三人は驚いて振り向く。
「ヨースラ!」
「ヨースラさん!」
ようやく合流してきたヨースラは、レースに巻かれているアイリにチラッと目をやる。
状況を説明する前に。
「じゃあ、行きますね」
「へ?」
「おい」
ヨースラは軽やかに助走をつけ、見えざる者に向かって行く。
「リリリ?」
ヨースラに気付いた見えざる者は、早速レースをヨースラに向かって飛ばす。
「危ない!!」
しかし、ヨースラの動きは機敏だ。
ステップを踏む、ターンする、ジャンプする、飛び込むように転がる、スライディングする。
レースの動きに合わせ、器用にレースを交わしていく。
「す、すげぇ」
「ムカツク、リリリ」
上手く捕まえられないことに苛立った見えざる者は、三方向から一気にレースを放つ。
ヨースラに逃げ場はない。
「ヨースラさん!!」
「シッ!」
すると驚くことに、ヨースラはレースの一つをガッと掴んでみせた。
「えぇ!?」
レースの端を掴んだまま、ヨースラの体が華麗に上空を舞う。
強い力で振り回せれても、ヨースラはしがみついたまま放さない。
「リリリ!!」
体の一部にしがみついたヨースラが鬱陶しく、見えざる者は身体を強く揺さぶり振り払おうとする。
それでも放さないヨースラに、ならばレースで巻いてしまおうとするが、巻き込もうとする度にヨースラが上手く体を翻す。
ヨースラの身体が重みとなり、レースの動きが鈍い。
しゃん、しゃん、しゃん。
目と鼻の先にいるのに捕まえられず、見えざる者は悔しそうに地団駄を踏んだ。
最早、見えざる者の目にはアイリは映っていない。
「……」
「……!!」
上空に振り上げられながら、こちらに視線を送ってくるヨースラに、三人はハッと意味を察した。
アイリを捕まえているレースが、僅かに解けていく。
「今だ!!」
一斉に動く。
「どりゃあああ!! 光弾玉!!!」
「リリリ!?」
ヨースラばかりに気を取られ、見えざる者は反応が遅れた。
メキメキという音とともに、衝撃波は拳となり、見えざる者の顔にめりこむ。
「リリ……」
顔の形が変わり、凹んでしまう。
見えざる者がふらつく、その一瞬。ショウリュウが見えざる者の体の裾に、素早く飛び込む。
「くらえ、バルナ!!」
シュバッ!!
至近距離での刃。
風の刃は、レースを真っ二つに切り裂いた。
アイリに絡みついたレースが引き裂かれ、アイリは拘束から開放される。
真っ逆さまに地面に落ちていったが、片手をつきなんとか着地した。体の周りに煙を漂わせながら。
「アイリ!!」
いける。みんな、お願い!
ヨースラのおかげで、術に集中出来た。術は完成している。
アイリはキッと目を見開く。
「冥地蘇生!!」
ドゴオオオン!!
グワッと波となった霊の力が、滝のように見えざる者に叩きつけられた。
凄まじい圧となり、押しつぶす。
見えざる者が声をあげる間もなく、見えざる者は跡形も無く消え去る。
一枚のレースだけ残して。
「やったぜアイリ!」
「うん」
そう答えながら、アイリはチラッと地面に舞い落ちたレースを見た。
なんで消えないんだろ、アレ。
レースは風にあおられ、不気味にゆっくりと動きだした。
「……あ!!」
「ん?」
アイリの反応に皆がレースの方を振り返ると、レースは徐々にその長さを伸ばしていた。
「な、なんだよ!?」
枝分かれしたレースは、二枚、三枚と枚数を増やしていく。
「アイツ、まだ生きてるじゃん!」
レースは重なり、更に重なり、形を作っていく。
そして、再びその姿が現れる。
「タ、カ、ラ、ダセ!!」