第106話 鼓動
【テイクンシティー 北部】
【ミンジャオ通り】
「リンゴ教官〜、大丈夫かいな」
「教官〜! ウフッ」
「あら、おチビちゃん達」
やって来たエリーナ、ジェイ、カリン、ルノにリンゴは目を丸くした。
パレスに連絡出来なかったのに、来てくれるとは。
「迎えをよこすなんて、気がきくじゃな〜い」
「どうしたんですの? 連絡が無いから、皆が心配したんです」
「そうなのよぉ、それがねぇ」
リンゴは、アゴでクイッと馬車を指し示す。
アイリが見たら大はしゃぎしそうな、珍しい紅い馬と馬車。しかし片方の車輪は外れ、虚しく地面に転がっている。
「馬車がいきなり出てきたおじさんにビックリしてねぇ、壊れちゃったのよぉ」
「え!?」
「す、すみませんですだ」
リンゴの後ろからヒョコッと現れた、人の良さそうなおじさん。唐突に現れ、一同は驚いて目を見合わせる。
小さな背中を丸めてペコペコと頭を下げ、恐縮しきっていた。
「あらまぁ、お怪我が無くて何よりでしたわ。そちらの方も……」
「いぇいぇ、怪我はねぇです。すみませんですだ、驚かせてしまったみたいで」
大事件かと思ったが、思っていたより深刻な話ではなかったようだ。一同に、ホッとした空気が流れる。
「事故も、シャレにならんからな」
「本当に、すみませんですだ」
ルノはそのおじさんが気になり、一人ジッと見つめる。
高貴な服に見えるが、雰囲気はどこにでもいそうな男性だ。
「直らないのぉ?」
「もう直るらしいわよん」
「そりゃ良かった、通信機は?」
「だから、通信機も動かないのよん」
後ろから割り込んだカリンが、壊れたという通信機をパッと取り上げた。そのまま、通信機をあやすように撫でる。
「あ〜あ、教官がごめんねぇ? ウフッ」
「ぬっころすわよオオオオオン!?」
カリンに掴みかかるりそうになるリンゴを、エリーナが宥めて引き剥がす。
「とにかく、何もなくてよかったですわ」
「四人も来たけど、大丈夫だったね! ウフッ」
「ヤダ、何もなくはないわよん! この通信機を、どうにかしなきゃダメじゃなーい」
──ドサッ。
「ん?」
「何?」
ルノの真後ろで、何か物音がした。何かが倒れるような。
「……!!」
振り返ったルノの視線の先。
そこには。
「ジェイ!!」
ルノの大きな声に驚いた皆が振り返ると、そこには頭をおさえて倒れている、ジェイの姿があった。
「ジェイ!!」
「ジェイちゃん!?」
「……っああ!!」
皆が駆け寄るが、ジェイは声も絞り出せない程に悶絶している。
頭に、何かが滝のように流れ込んできて止まらない。
映像、映像、またも映像。頭の中で、激しく入れ替わる。あまりの早さに、処理しきれない。
ガンガンと、中から凄まじい痛みが頭を揺らす。痛みの衝撃で、立っていられない。
「あ、あたまが……われる!」
「ジェイ、しっかり!!」
頭の中でレーダーが暴れ回る。汗が噴き出し、目は激しく揺れる。
何が起きたのか分からず、ルノ達は困惑するばかりだ。
ルノが必死にジェイの体を揺さぶる。
「あああ!!」
ルノが、うずくまるジェイの身体を手を差し出して支えようとした時。
もたれかかる腕の力が、フッと抜けた。
「ジェイ!!」
【パレス 三階】
キイイ!
「ハァ……ハァ……」
シキは一人胸を押さえながら、なんとか三階のとある無人の部屋に飛び込んだ。
深い内側から、見えない何かが湧き上がってくる。
鼓動が急かすようにどんどん早くなり、飲み込むように無理矢理押さえていた。
身体がみるみる熱くなる。息が苦しい、胸に湧き上がったものが、つっかえて取れない。
「ハァ……」
床になだれこむように倒れた。鼓動がバグン、バグンと更に強く早くなり、最早抑えるのもギリギリの状態だった。
「まさか、こんなところまで……」
──頼む、保ってくれ。
まだだ、まだだ、まだ使いたくない。これ以上、こんな能力を使いたくないのに。
必死に、こみあげてくる力を抑える。
キイイ。
「……!!」
部屋の扉が開かれ、シキはハッと目を見開く。
「ち、父上……」
間違えるはずもない、視界に映る派手なローブの裾。
息も絶え絶えに倒れ込む息子にも、その表情は揺るがない。
「……」
「ハァ、ハァ……。何しに、きたんですか?」
「……この部屋には今、この私しかいない」
淡々と答えるマケドニアに、シキは言葉の意味を察してグッと表情を噛み殺す。
しかし、そんなやりとりの間にも鼓動は早まるのを止めない。
「声も、恐らく届かないだろう」
「ぐあ……」
力がもう抑えきれない。
無常にも、力は勝手に膨れあがり解放されようとしていた。
「ああああ!!!」
シキの身体を、光が包もうとしていた。