第105話 鈴
【一階 奥の廊下】
──しゃなり、しゃなり。
鈴の音が廊下の中で響く。
一つ、一つ、また足を進めるが、足音は響くことはなく。身体に纏ったいくつもの透明なレースが、ヒラヒラとはためく。
こんな場所、入るのは簡単。舐めているのでは?
「リリリ、ヅマンナイ、リリリ」
「誰だ!?」
裏から駆けつけた四人。
アイリ、ナエカ、レオナルド、ショウリュウは鈴の音の主を取り囲む。
ショウリュウは、サッと素早く札を構えた。
「ここに何しに来た、答えろ」
「ナニシニ? リリリ」
「見えざる者だよな!?」
「妖精……?」
その姿に、ナエカは小さく呟く。
絹で作られたような身体は裾が長く、まるで宙に浮かんでいるかのよう。
指についた小さな鈴を、しゃんと鳴らす。
「妖精さんなの?」
「顔を隠してるのか、コイツ」
「怪しい奴じゃん!!」
見えざる者が、パレスに侵入するとは。しかも先輩達は、リンゴを助けにほとんど出払っている。
「オレ達で何とかしないと……」
薄く細い身体、てるてる坊主のように何もない顔。
見えざる者は、感情の見えないのっぺり顔をゆっくりアイリ達に向けた。
「タカラ、ダス」
「え?」
「タカラ、ダシテクダサイヨ。リリリ」
タカラを出せと言われても、そのタカラ、が何か分からない。
ヒラヒラと舞うレースのような裾は、これもまた身体の一部なのか。
「何を狙ってるの?」
「いきなり侵入しておいて、無茶苦茶な奴だな」
見えざる者は隠していた白く細い腕を高らかに上に突き上げ、クルッとひと回りした。
しゃん、しゃんと鈴が強く鳴る。
「ダサナイノカナ」
「出さないよ、知らないもん!」
気丈に答えるアイリ。
──しゃん。
また鈴の音、これは一体何を表しているのか。
「ウエカ、ウエカナ」
「え?」
「シャマスルナ」
見えざる者はゆっくりと動き、再び腕を上にかざす。上体を後ろにのけぞらせた。
「……!!」
バババババ!!!
鮮やかにはためていたレースが、幾重にも分かれ攻撃的になり、一気にアイリ達に攻撃をしかける。
レースが鋭く直線となり、アイリ達を捕らえようと向かってきた。
「きゃあ!!」
「アイリ!」
「アイリちゃん!」
真っ先にアイリが捕まる。レースがアイリにからみつき、アイリの動きを封じた。
レースに巻かれたまま、アイリの身体が上空に舞う。
「きゃあああ!!」
「アイリー!!」
何本にも伸びたレースの波は容赦なく、ショウリュウに襲いかかる。
「お、おまじない!」
レースがショウリュウに届く直前、ナエカがとっさに叫ぶ。
ねちっこく動くレースを、必死で転がり交わしながら。
祈りが届いたのか、ショウリュウの動きが少し早く、レースを交わした。
「バルナ!!」
鋭い風の刃が、見えざる者に向かっていく。
イメージでは、風の刃がアイリに巻きついたレースを、見事に切り刻む筈だったが。
パシュッ!!
「!!」
「うそぉ!!」
レースは、風の刃をあっさり弾き返してしまった。
弾き返された刃は跳ね返り、廊下の壁をザクッと切りつける。近くにいたナエカは、壁に残された派手な跡に目を見張った。
見えざる者は、捕まえたアイリで遊ぶかのように、宙に持ち上げ振り回す。
「きゃあああ!!」
「うわっ!!」
振り回したアイリに巻き込まれ、ショウリュウは吹き飛ばされる。近くの壁に、派手にぶつかった。
「ショウリュウ!!」
「うぉりゃああ!!」
一か八か、レオナルドは軽くステップを踏んで波を交わすと、一気に助走をつけて大きくジャンプした。
レースの波を全て飛び越え、一撃くらわす。レオナルドの気合いに応えてか、グローブが光に包まれていく。
「光弾玉!!!」
衝撃波が、形となって見えざる者に飛んでいく。
「リリリ」
「きゃああ!!」
だが、なんと見えざる者はレースで捕えたアイリを、衝撃波の盾にしようとグイッと動かす。
目の前には、衝撃波。
「うそおお!!」
「アイリー!!」
「おまじない!!」
間一髪。
ナエカのおまじないで、衝撃波はアイリを無視して明後日の方向に向かい、そこにあった台を吹き飛ばした。
見えざる者は、アイリを捕らえたまま気だるそうに彼等を見つめる。
「コイツ、強いぞ!」
「タカラ、ダサナイナラドウナルカナ」
──タカラ、宝。
先程から繰り返してばかり、一体何の話をしているのか。
「ムカツク、ダサナイナラ」
しゃん。
細い腕をそっと前に差し出す。
「……!!」
「ドウナルカナ、ドウナルカナ、リリリ」
見えない表情をぬっとこちらに向けて。
見えざる者は、再びレースを解き放った。