第104話 遠慮
【三階 バルコニー】
「いいですね、なんだか」
「え?」
一人でジッと外を眺めていたシキは、突然後ろからやって来たヨースラに目を丸くした。
ヨースラはシキの隣に並ぶと、同じようにバルコニーの手すりにもたれかかる。
「何の話かな?」
「僕も養子なんです」
「……!」
あっさりと笑顔で告げたヨースラに、シキは目を見張る。
「僕は親の顔を知りません、名前も知りません」
物心ついた時には、とある家に預けられていた。何故か、他のどこぞの子供達と一緒に。
身寄りがない子ばかりが、その家に集まっていた。エイドリアンだからと捨てられた、身寄りの無い子供達。
「実は、エリーナさんもそうなんですよ。同じ家でした」
「あの団長さんが?」
「はい」
その家に、今の親が養子を探しにやって来た。ヨースラが15歳の時だ。
「僕は誰なのか、そもそもヨースラなのか、歳は合ってるのか。聞きたかったな、聞けませんでしたけど」
「どうして?」
「聞いたんですか?」
敢えて聞き返すと、シキは少しの間考え込む素振りをした。
「聞く前に、周りがペラペラ喋ってくれたね」
両親が気付いた時には、シキはとっくに自らが養子であることを知っていた。
実の両親が、身近な人間だった事もあるのだろう。不憫がった周りの大人達の会話が、するする耳に入ってきたものだ。
シキは子供ながら、その全てを察した。
「──そうですか」
「食器を手に取るでしょ、そうしたらね」
「たまに手が止まりましたね」
「……」
これを口にしていいのかと、不安になって。
前の家でも、今の家でも。
「ましてや、ピエールさんは貴族ですからね」
「イーストウッドも貿易商だよね、立派な家柄だよ」
その言葉に、ヨースラはフフ、と笑みを浮かべた。
「今の親は、僕がエイドリアンだと知っていたのに引き取ってくれました」
能力だけ見れば、見えざる者と変わらない能力。
それも15歳という、中途半端な歳であったにも関わらず。申し訳なさばかりがつのる。
「今だに聞けないんです、どうして引き取ってくれたのか」
厳しい親だが、それも子供を引き取った責任感あってのことだろう。
遠慮ばかりでよそよそしさは消えない、本当に親子かと迷うこともある。
「だから、あんな風にお父さんと言い合えるピエールさんを少し──羨ましいって、思っちゃいました」
「……」
シキは表情を悟られたくないのか、フイと背を向けてしまう。
「だから何? ルーイ達とは仲間にならないって言ったのに、なんでそんなことペラペラ話すのかな。関係ないでしょ、この僕は」
「色々聞いてしまったのは、こちらの方ですから」
ニコニコと返すヨースラに、シキは黙るしかない。
「それに僕は、ピエールさんが仲間になるって思ってます」
「……シキでいいよ」
折角、名前つけてくれたんだから。
ため息混じりに返すシキに、ヨースラも笑顔を返す。
──次の瞬間。
「……!!」
シキの態度が一変した。これ以上ない程目を見開き、バルコニーの下を焦った様子で、キョロキョロと見渡す。
「どうかしましたか?」
不審に思ったヨースラが尋ねた途端、シキはその場に片膝をついてうずくまった。具合が悪そうに、口を手で防ぐ。
「シキさん!?」
ヨースラは慌ててシキに駆け寄る。明らかに呼吸が荒い。
「ハァ、ハァ」
「大丈夫ですか!?」
「し、心配ない」
「でも」
心配ないと言いつつ、胸をおさえて苦しそうだ。軽く汗をかいている。
ヨースラは必死に背中をさすった。
「早く医務室に」
「い、行かなくていい。この僕は、た、たまにこうなるんだ。心配ない。それより、ルーイ」
「え?」
「ルーイは、早く下に降りた方がいい、誰か来たみたいだよ」