第102話 馬車
【テイクンシティー 北部】
【ミンジャオ通り】
「号外、号外〜」
気の抜けたような言葉と共に、新聞が通りにばら撒かれ、宙に舞う。
新聞配りの少年が、新聞を束で抱えながら呼びかけていた。
ガタガタガタ!
石畳の通りを、一台の馬車が優雅に通っていた。パカポコと、馬の軽やかな足音が鳴る。
「おい、見ろよあの馬車」
「あ、赤馬!?」
「派手だなぁ……」
「赤い馬だなんて、珍しい」
「お貴族さまかしら?」
街の人に奇異な目で見られながらも、馬車の主は気にせず新聞を広げて一服する。
その主はリンゴだった。
石畳だと、馬車はギコギコと嫌な音を立てる。たまにフワッと体が持ち上がるのが気持ち悪い。
箱馬車の天蓋の屋根は、大柄なリンゴにはやや低いのか、たまにゴチッと頭をぶつけてしまう。
リンゴは、優雅に足を組むと新聞に目を通す。
「ふうん? 市場に、狐のような獣の化け物現る──」
今朝、市場に現れた化け物。街に現れ、血を滴らせ去っていった獣。見えざる者の可能性についても、推測の域を出ないが言及されている。
化け物だというその存在の写真も載ってはいたが、どうやらブレているようだ。
肝心な部分の映りの悪さに、眉間に皺を寄せる。見えざる者なのに、写真に撮られるなんて。
──おチビちゃん達の仕事じゃないのん、これは。
「ウカの状態で、彷徨ってるのかしらネン……」
ウカの状態のままなら、もしサンの形ならいつ爆発してもおかしくない。
動く爆弾のようなもの。放っておいたら、街が危ないじゃないの。もう対処したのかしらん。
──ガタン!!
その時、馬車が大きく揺れた。馬がけたたましい鳴き声を上げ、興奮している。
「オン?」
何事?
リンゴは赤い車の窓をサッと開け、窓の外を見た。
「どうしたのオン?」
「と、突然、横から人が!」
焦った様子の御者に、リンゴは首をかしげ前方を確認した。
「おじさん困るよ、いきなり出てきちゃ! 危ないじゃないか」
「す、すみませんですだ! ボウッとしてて」
誰かの声がする。馬の目の前に、道を塞ぐように誰かがいるようだ。
声の主は、よたよたとおぼつかない足取りで窓の近くに来た。
「すみませんですだ、そちらの高貴な方。最近足が、ちゃんとしませんで」
まさに人の良さそうなおじさん、がペコペコリンゴに向かって頭を下げていた。
刺繍の入ったオレンジの重みのあるコートは、どちらが高貴な方なのか考えさせられる。この辺りに住んでいる人にしては、随分と裕福そうな。
だが、リンゴには長く考える余裕は無かった。ため息をつくと、御者に話しかける。
「どうなのん、動く?」
「それが……今の衝撃で、車輪がちょっとイカれてしまったみたいで」
「オオン!??」
一大事ではないか。
このままでは、約束の時間に間に合わない。あれだけビシバシやっておいて、自らが遅れるなど。
待ちぼうけをくらう馬の表情も、しょぼんとしているようだ。
「こ、壊れてしまったですだ……?」
大変だとオロオロするおじさんを他所に、リンゴは頭をかきむしる。
「直るのオン?」
「うーん、こりゃ結構かかりますよ、ドランジェ様」
「ドランジェって呼ぶんじゃないわよオオオオン!!!!!」
「ひぇえ」
その迫力に、何故かおじさんが怯える。
「しょーがないわねん、パレスに連絡を」
そう呟くと、通信機を取り出した。エイドリアンが造った特別製。
取り出したのだが。
「……あらん? 調子が悪いわねぇ」
手にした通信機はプスプスと小さな音を立て、うんともすんとも動かない。
機械の丸いスイッチをポチポチ押してみたり、振り回したりしてみるが、何も変わらなかった。
おかしい、少し前に改造してもらったばかりなのだが。機嫌が悪いようだ。
「なによ、こっちも壊れてんじゃないのよオン」
「こっちも?」
おじさんが、オドオドと反応する。
どうしたことか、これではパレスに連絡出来ない。こんなことしている間にも、どんどん時間は無くなるのだ。
「仕方ないわねん、早く直してよ」
「へい!」
いつになったら直るのか。
不安にかられるリンゴの後ろ。こっそり隠れたコルピライネンは、僅かにほくそ笑むのだった。