第99話 異形
【テイクンシティー いずこかの場所】
「カシュマールが?」
目の前で恐縮するコルピライネン。主人は面倒だ、と言わんばかりにあからさまに眉をひそめた。
「そろそろ暴れたい、と大騒ぎしておりますですだ」
「奴は本当に辛抱が効かないな。計画を理解しているのか、単細胞め」
カシュマールには、こちらが指示するまでの謹慎を言い渡してあった。それまでは一切の人間への手出し無用、と。
──全ては自業自得。
既に西の隠れ家が一つ、団に消滅させられている。今は、慎重に動く時だというのに。
「奴が目立つと厄介なのだ、大人しくさせておけ。そんなこといちいち報告しなくていい」
「はは! 申し訳ございませんですだ……」
すごすごと頭を下げるコルピライネンに、主人は冷たく言い放つ。
「奴には、動いたらそれ相応のものが待っていると伝えよ。おどどからの言葉だとな」
「かしこまりましたですだ」
「あぁ、オロロでもよかったか?」
「い、いぇ」
主人は、嫌味を込め軽く鼻で笑う。
西の隠れ家がやられてからというものの、主人はすっかり機嫌を悪くしている。部下が使えない、と不満ばかりなのだ。
ひえぇと震えながらも、まだ何か言いたそうなコルピライネンに、主人はピクリと反応した。
「なんだ?」
「おどどさま、気にされていた例の件ですだが」
「……あの白い異形のことか、どうであった?」
主人の目がスッと鋭くなった。まさに、コルピライネンが一息吐いて口を開く。
「全て、おどどさまの考えておられた通りですだ」
「やはりか」
主人はその報告に、少し機嫌を良くしたらしい。
異形だなんて、自分が口にするのはおかしいか。一体この世で、誰が最も異形なのか。
ふとそんなことを考え、クスクスと笑いだす。
「おどどさま……?」
「全く、頼りになるのはコルピライネン、おまえだけだな。他の奴は使えない」
結局一番大事なのは、実際に動く実行役の質。数だけ揃えても、うまく動かせなければ居なくても同じか、下手すればそれ以下なのだ。
「剣の団は、着々と駒を揃えているようだ」
「はぁ……」
その反面、我等はどうなのだ。
あれだけ頭数を揃えながら、役に立つのはコルピライネンだけではないか。
「コルピライネン、この世で最も怖いのは何であろうと思う?」
「怖い……ですだ?」
「そうだ」
コルピライネンは少しの間悩んでいたが、ゆっくりと首を横に振る。
「このコルピライネンには、怖いものなどございませんですだ。検討もつかないですだで」
「そうか」
おどどさま、と答えないのがまさにこの者らしいではないか。
予想していた通りの答えに、主人はにんまりと笑う。
「教えてやろうか。この世で最も怖いのはな、人だ」
「人……ですだ?」
「そうだ、人間だ。人間の業だよ」
人間の業こそ、怖いものは無い。
深き深き、限りない人の業。そんな人間である団は、またしても良い駒をまた見つけたようだ。
こちらも、良い駒を見つける必要があるのだが……その兆しはない。
「このままでは計画に支障が出る、可能性があるな。少し邪魔をしてやろう」
主人は意を決したように、腰掛けていた椅子から立ち上がった。
「あの異形の確保を、ケラジーヴィルに命じろ」
主人の言葉に、コルピライネンはギョッと飛び上がった。
「ケラジーヴィル!? カ、カシュマールではないですだ?」
「奴は論外だ」
主人はバッサリ切り捨てた。しかし、だからといって何故ケラジーヴィルに。
狼狽える部下に、主人は軽く笑みを返す。
「ケラジーヴィルに伝えよ、時間は味方ではないとな」
「はは!!」
あの異形は、いい材料になる。
「そうだ、お前も行ってはどうだ? 面白いものが観れるかもしれないぞ」