ある日ある晴れた日ひまわり怪奇
ある見慣れた日常の中で、一際異彩を放つ物と遭遇してしまった私は、これからどんな行動をとればいいのだろうか。
「お嬢さん、お嬢さん。ごめんね、お邪魔しちゃってるよ」
「誰……、いや……、何……?」
「私? 私はひまわり!」
「…………」
ジョウロを片手に、私はどうしようと悩んだ。
私の日課は、朝起きたらまず自分の朝食を作るよりも先に、庭のひまわり畑に水をやるということから始まる。
リン村から離れた、あまり人が寄り付かないような場所に建てられた木造建築の小屋。それが私の家。
村から離れていたら盗賊達の恰好の餌食だろうと思われがちだが、これが結構盗賊達も来ない。
それは多分私の小屋を守るように、ぐるりと囲むようにして咲くひまわり達のおかげでもある。
このひまわりの迷路を抜け出せるのは今のところ私だけじゃないのかな。いや知らないけど。
親が死んで、その唯一の遺産であるこの小屋とひまわり畑を守って(守られて)数年。
流石にここまで不可解なことが起きたのは初めてだった。
不可解のこと、というのはつまり、
私の小屋の真ん前、ひまわり畑より少し離れた場所に孤独に咲く、ひまわりの花の部分に人間の口がついたとても不気味な物だった。
ひまわりもどきの不気味な物体の口は、笑みをかたどっている。
ちなみに人間の口以外はいたって普通の、健康的なひまわりだった。
それが尚更、口の部分を強調して気持ちが悪い。
「なんで私のひまわりに変な物が寄生してるの」
「分からない。私にも分からないのだから、お嬢ちゃんに聞かれても答えることはできないよ」
「他のひまわり達から養分吸い取りそうだなぁ……引っこ抜いていいかなぁ……」
「あの、あの、お嬢ちゃん! 怖いことをボヤかないで! 一応私は生きているから! 殺生はいけません。これ世の中の常識」
「どこにスコップあったっけかなぁ……あぁもうめんどくさい……」
「い、いやぁ! お嬢ちゃん本気だ! やめてやめてやめて!」
私の家の前に立つ、私よりも背の高いひまわりがゆさゆさと揺れる。
それを私は無視して家の中に戻り、壁に立てかけてあった長年使い込んでいるスコップを手に取る。
ちなみにこれも私の両親の遺産。柄が木製で土を掬う部分が金属。
塗られた色は赤の、二人が生きていた時にどちらも気に入っていたスコップだ。
私には少し重過ぎるスコップを両手に、小屋から出ると、ひまわりもどきが「ひぃっ!」と声をあげた。
「うわわわわお嬢ちゃん! やめてやめて掘らないで! 掘ったら根が剥きだしになっちゃう! むきだしになったら虫に食べられちゃう! だからやめてお願いホントやめて!」
結構年のいった掠れた男の人の声を出すその気持ちの悪い物の意見を聞く気なんて、さらさらない。
せぇー、と声を出しスコップの土を掬う部分を地面から垂直に、真上に上げる。
後は、の! という掛け声で落とすように突き立ててやれば、地面が掘れるだろう。
その時に誤って根まで断つかもしれないが、まぁ別にいいんじゃないのかな。
よし、振り下ろそう。そう思い両手から少しだけ力を抜いた。
「わぁー! 待って待って! お嬢ちゃん君はひまわりを愛しているんだろう? そのひまわりへの愛を私に」
「の!」
「おあー!! ぎゃー!!」
ズムッ、と地面にスコップの先が刺さった。
頭上からは「おあー! おあー!」という声が忙しなく繰り返されている。
「人の話聞いてお嬢ちゃん!」
「人?」
「え、うん、人だよ、人。そうだよ人だよ! 人の話は聞く! これも常識!」
「せぇー……」
「あー! あー! あー!」
「の!」
「ア゛ァ゛ーー!!」
悲鳴を上げるひまわりもどきを無視して掘り続けると、ガツン、と明らかに金属と金属(それか硬い岩)がぶつかり合う音と手ごたえがあった。
「あ、あ! お嬢ちゃんダメだって! それ以上深く掘らないでぇぇぇぇ!!」
「なにこれ……宝石?」
ひまわりのわりには太い根が守るようにして絡みついていた物を凝視する。
土を被って汚れてはいるが、それは確かに宝石の原石と呼ばれる代物だった。
血を固めて固めて集結させたようなその赤くて鈍い光を放つそれに、私は首を傾げる。
光ってる? 太陽の光を跳ね返しているんじゃなくて?
私はそれを何度か見たことがあった。
色は違えども、確かに同じ物。
それがもし同じ物だったとしたら、もしかしたらこのひまわりは、私のひまわりに寄生している謎の寄生物ではないかもしれない。
「ねぇ、あなたもしかして」
「うぅ……うぅ……?」
「魔法使い?」
「…………えっ」
ひまわりに引っ付いている口が、驚きのあまり半開きになっている。
私はその反応を見て、確信した。
とりあえずは私は、自分のひまわり達に寄生した寄生物じゃなくて良かったと安堵する。
私にとってこのひまわり畑のひまわり達は、家族みたいなものだから。
そのわりには寄生されたであろうひまわりには容赦なかったよね、とかの言葉は聞かない。
もうそこは、「だって他のひまわり達に伝染ったら大変でしょ」と言うしかない。
まぁそこんとこはおいといて。
さて、と私は見上げていた顔を下にして、もう一回スコップを真上へとあげる。
「え、えぇえ、お嬢ちゃん! やめて!」
「問答」
「うわわわわわ!」
「無用!」
「ギャーー!!」
スコップを思いっきり宝石へと落とし割ると、ひまわりもどきがぼふんっ! という音ともに白い煙みたいなものに包まれる。
突如として噴出された白い煙を手で払い、煙が晴れるのを待った。
そして煙が晴れると、ひまわりもどきが根を張っていた部分に、紫色のローブを羽織った、わかりやすい魔法使いが横たわっていた。
「うぅ……お嬢ちゃん……、ひどいよ……暴力反対……」
「私の家族達に化けた罰よ」
「ご、ごめんなさい…………」
横たわりながら謝ってくる、体格の良い男。
魔法使いがこんな 辺鄙なところに来るだなんて、一体どういう了見だろうと問いただしてみれば、魔法使いの男が目を潤ませながら言った。
「実は……食料が尽きて……村に引き返そうとしたらこの周りのひまわり達に邪魔されて……。ひまわり達がこっちに来てこっちに来てって言うし、お腹空いたしで困ってたら小屋が見えて……。お世話になろうとしたらひまわり達に、この小屋の主は人間が嫌いだからひまわりになった方がいいよって言うし…………」
私はその魔法使いの言葉に驚いた。
この人、私のひまわり達と会話ができてるんだ。
そして、私から危険を遠ざけてくれるひまわり達がわざわざこの人を呼んだというのなら、この人は悪い人じゃないのかもしれない。
むしろ必要な人、と判断されたのか。
……そういえば、この前ひまわり達に声をかけながら歩いているときに、うっかり呟いちゃったっけ。
誰か話相手が欲しい、と。
そこまでは直接的な言葉ではなかったけども、まぁ簡単に言えばそんなこと。
うぅうぅ言う男の人の腹が盛大な音を立てる。
涙目でこちらを見上げる男の人。
私は人間が嫌いというよりも、苦手だった。
だけども、こんなお腹を空かせた人をこのまま放置するのも、良心が痛い。
いつもは風に揺られて賑やかにしているひまわり達は、今は沈黙。
私と男の人の静かに見守るようにしている。
居たたまれなくなって周りを見渡しても、私の困惑に答えてくれるひまわりは誰一本としていない。
私はそのことに少し寂しい気持ちになりながらも、諦めの心中だった。
「はぁ……しょうがないか……。今から朝食作るから、入ってきて」
「いいのかいお嬢ちゃん! ありがとうお嬢ちゃん!」
さっきとは打って変わって、勢いよく飛び起きた男の顔を見て私は顔を顰めた。
この男の人、無精ひげが生え放題だ。
なんとなくお父さんを思い出すから嫌だなぁ、と思っていると、男の人が期待の眼差しで私を見ていることに気が付いた。
案内するように小屋の中に入れば、男の人は私の後ろに付いてくる。
小屋の中へと消えていく二人を、ひまわり達は風に揺られくすくすと笑いながら見守っていた。
ほのぼの系。
本当はこの後も少し続く予定だったけども、長いしくどいからきりよく切ってみた。
なかなかいい感じ?