5.お茶会
ピンポーンとチャイムが鳴る。昼飯を食べてソファで昼寝をしていた柊は起き上がる。時計は午後3時を指していた。ピンポーン。またチャイムが鳴る。はいはいと柊はリビングのテレビドアホンを確認する。凛が立っていた。
「カギ開いてるから入っておいで」
そう言うと、お邪魔しますという声が玄関から聞こえる。靴を脱ぎ、来客用スリッパに履き替えた凛がドアを開けてリビングに入ってくる。
「相変わらず不用心ですね」
「まぁ俺がいる時なら、誰が入ってきても撃退できるからな」
たしかにと凛は納得する。
柊の家は物が少ない。必要最低限な家具しかないため、白と黒を基調としたそのリビングはただでさえ広いのに、より広く感じさせる。
柊の家は道場、庭付きの一軒家だ。それも誰が見ても豪邸と言える立派な一軒家である。立地から考えると、土地代だけでも莫大な費用がかかっているのだが、これも特異部隊の特権で、無償で国から与えられたものだ。
「早速練習するか? 茶でも飲んでからにするか?」
柊はいつでも始められるようにジャージに着替えていた。
「じゃあお茶を一杯頂いてからにします」
「緑茶? 紅茶? 珈琲?」
「先輩に合わせますよ」
「じゃあ緑茶な」
柊はオープンキッチンにある食器棚からグラスを二つ出すと、冷蔵庫から市販のペットボトルを取り出し、注ぐ。
「先輩、それ絶対楽したいから緑茶にしましたよね。てっきり急須のお茶かと」
凛が目を細めて文句を言う。
「贅沢言うなよ、お前はまったく」
柊は笑いながらペットボトルを冷蔵庫にしまい、お茶が注がれたグラスををダイニングテーブルに置く。
4人掛けの広々とした黒の革張りのソファが二つ、向かい合うようにダイニングテーブルを挟んで配置してある。片方に凛が座っているので、反対側に柊は座る。
「頂きます」
凛は礼儀正しくお茶を飲み始める。
柊は眉を顰める。何か違和感を感じる。何かいつもの凛と違う。いつものツインテールは変わらない。服装もさっきと同じ制服だ。いや、違う。スカートがいつもより短い気がする。そうだ。確実に短い。いつもは膝少し上くらいなのが、今は座っているとはいえ、太ももの大部分が顕になってしまっているではないか。
こんなことを言っていては変態と思われるかもしれないが、柊は危機管理能力の一つとして、常日頃から物事の変化にはどんな些細なことも気づくようにしているのだ。だから今回の変化も容易に気づくことができた。
しかしその変化が何を意味するのかわからない。これが柊と同い年くらいの女性なら夜の誘いという可能性も高いだろう。それくらい柊にもわかる。しかし、相手はまだ15歳の子供だ。そんなはずはない。マジマジと太ももを見ていたせいか、凛もそれに気づき、耳まで真っ赤になる。
「どこ見てるんですか、変態!」
「いや、凛、なんかスカート短くない?」
赤かった凛の顔がさらに真っ赤になる。爆発するんじゃないかと不安になる程真っ赤だ。
「短くないです!」
「いや、短いよ。明らかに短い。朝の会議の時はもっと長かった」
「先輩、今どれだけ気持ち悪いセリフ言ってるか自覚してます?」
凛が信じられないという目を柊に向ける。
「勘違いしないでくれ。これは危機管理の一環だ。俺はどんな些細な変化も見逃さない。それだけだ」
「いや、普通に気持ち悪いです」
「それよりもなんでそんなに短いんだ?」
柊はわからないことがあると質問せずにはいられない性質だ。たとえそれがどんなに気持ち悪い内容であっても。
凛は今にも泣き出しそうだ。まるでテレビでよく見る、追い詰められた犯罪者のようだ。
「いえ、女子高生好きの先輩ならこういうの好きなのかなと調査しようと思っただけです。本当に女子高生好きなら大問題なので」
柊は一瞬理解が追いつかなかった。
「もしかして、スカート短くして色っぽくすれば大人びて見えると思っているのか?」
「え? 見えないですか?」
はぁと柊はため息をつく。あまりの馬鹿さ加減に呆れて何も言えなくなった。
「なんですか? その態度は? これでも私、結構モテるんですよ!?」
恥ずかしさが限界突破しておかしくなったのか、凛は意味不明な供述を始めた。
「そもそも、本当に俺が女子高生好きだとして、それを証明してどうしたいんだ?」
呆れながらも柊は凛に問いかける。
「私が矯正します。少なくとも一年間は」
柊はさらに呆れるも、女子というのはやはりそういう面に厳しい生き物なのかなと、凛の発言を理解するように努める。
「まぁいいや、じゃあもうそろそろ始めるか」
「......はい」
どこか凛は不服そうだが柊は無視することにした。
二人が先程いたリビングのある建物を『母家』とするなら、道場は『離れ』と言えるのだろう。この二つの建物を繋ぐ渡り廊下はちょっとした橋のようになっており、下は池となっている。渡り廊下からは広々とした日本庭園を思わせる豪勢な庭を見渡せる。
平安時代の貴族はこういう場所に住んでいたんだろうなと凛は橋を渡りながら思う。
「さすが元紅い城ですね。選抜組の私とは待遇が全然違います」
「俺も流石にやりすぎだと思う。まぁこういった待遇の財源はアマテラスとSゲノムの収益だからそこまで心は痛まないけどね」
「これが国民の税金だったら、断ってます?」
「当たり前だろ。流石に国民の税金でこんなとこには住めないよ」
柊は笑いながら答えるが、凛は真顔だ。
「まぁ東京奪還作戦のことを考えると、これでもお釣りがくると思いますけどね。私という天才剣士を見抜き、特異部隊に入隊させただけでも、相当な国への貢献です」
柊と凛が出会ったのは偶然だが、出会ってすぐに凛の才能を見抜き、訓練し、最年少で特異部隊に入隊させたのは柊だ。もっとも、紅い城時代も特異部隊と考えるのなら、歴代最年少は柊なのだが。
「凛がこれから活躍すれば、そうだろうな」
柊は揶揄うように笑う。
「任せてください。期待には応えてみせます」
凛は相変わらず真顔だが、その瞳の奥には何か熱いものが光っている。