4.特異部隊とA級テロ組織と凛のお誘い
「こちらをご覧ください」
道谷がポケットからボタンを取り出し操作すると、円卓の中央に資料が浮かび上がる。どの角度から見ても同じに見える立体映像だ。
「現在この国には、約六十のテロ組織、反政府組織があると言われています。その中でもより危険性の高いものからA級B級C級とF級まで分類されています。最も危険性が高いと言われているA級テロ組織には五つの組織が指定されています。それは皆様もよくご存知でしょう。えー、今回、全武道大会成績上位者十名のうち、四名がA級テロ組織のいずれかに加入したとの情報が入りました。」
道谷の淡々とした説明に、場がざわつく。
「全武道大会の上位者四名が、軍や警察、警備会社、どこにも希望を出さなかったと全武道大会実行委員会から知らせを受け、彼ら情報局に調査を頼んだんだ」
朱虎が神妙な面持ちで話す。
全武道大会とは、ブレイズの高校生達がその実力を測るために行う実力試験のようなものである。学年毎に三回、計九 回行われる試験での合計点数で順位を決める。一年次の成績は二十五%、二年次の成績は三十五%、三年次の成績は四十%換算で計算される。
そして良い成績を得られた者ほど、希望する職につきやすい。最も人気なのが軍、その次に警察などの法的執行機関、その次に民間の警備会社が人気となる。もちろん、大学に進学する者や、ブレイズの特性を生かさない職につく者もいるが、極少数だ。
成績上位者、特にトップ10ともなれば、軍の特殊部隊に入るのが通例だ。戦争や犯罪に関わりたくないという理由から軍や警察を避ける者もいるが、それでも警備会社に高待遇で入社する。それが今年度は四人も、どの組織にも所属しなかったというのだからかなりの異常事態だ。そして調査の結果A級テロ組織に入った疑いがあるのだから、異常事態を超えて緊急事態である。
「彼らがテロ組織に入った理由は?洗脳でもされたのか?」
松山玄が理解しかねるといった顔で聞く。
「松山大佐、まだ理由は分かっていません。しかし洗脳も視野に入れて調査中です」
道谷の答えにならない返答に玄はうーんと唸る。
「別に良いんじゃない」
詩織がさも興味なさげに爪をいじりながら発言する。
「全武道大会の成績優秀者って言ったって、毎年特殊部隊に入ってくるものの、全然上に登って来れないじゃない。登ってこれないどころか、他部隊に落とされる子も多いし。逆に成績ギリギリで入隊してきた子や、警備会社からの中途入隊組の方が特殊部隊、更にその一類二類三類に登ってきてるわ。それに、才能という面で本当に優秀な子は中高時代から軍にスカウトされるじゃない。凛ちゃんや清四郎君みたいに。今更全武道大会の成績上位者がどこ行ったって問題ないわよ」
実際詩織の言う通りである。全武道大会の優秀者が、卒業後期待されているほど実力を発揮できていない現実は、大きな問題となっている。大会のシステム自体に何か欠陥があるのではないかと議論までされ始めている始末だ。
「いえ、そういったことが問題なのではありません。本来ど
の進路も選べるはずだった若き学生達が、なぜわざわざテロ組織に加入してしまったのか。これは国家の威信に関わる問題です」
道谷が即座に反論する。
「それを調べるのがあなた達情報局の仕事じゃない」
詩織も負けずに言い返す。
「そこで、今回特異部隊の方々にA級テロ組織への諜報活動、つまりスパイ活動の許可を頂きたく参りました。既に白虎会の許可は得ています」
道谷の『白虎会』という言葉に、会議室のメンバーの多くが顔を顰める。
軍の上層部にはニ種類ある。一つは純粋な階級の上位であ
る将官からなる白虎会。もう一つは圧倒的武力を持つ特殊部隊の頂点、特異部隊である。大きな作戦には、この二つの上層部の許可を得なければならない。ちなみに朱虎は特異部隊であると同時に階級も少将なので、二つの上層部に所属していることになる。
「白虎会かぁ。あいつらが許可してるって聞くと反対したくなるのよね〜。あのジジイ共エロい目つきで見てくるし」
詩織が口をへの字に曲げため息をつく。
白虎会と特異部隊はあまり仲が良くない。軍の規律と統制を第一に考える白虎会と、権力と圧倒的武力を持つ割に自由奔放な特異部隊はまさに水と油なのだ。
「今回はそんな意地の悪い理由で反対もできまい」
玄が詩織を窘める。それでも詩織は少し不服そうだ。それを見て道谷が続ける。
「A級テロ組織への諜報活動を勧める理由はもう一つあります」
道谷は目の奥を光らせている。瞳の奥に怒りのようなものを滲ませる。
「昨今、他国からのテロ組織への支援が急激に増加しているのです。理由はお分かりでしょう。狙いは国家転覆。そして我が国のSゲノムとアマテラスです。現在の日本は、建国史上最も豊かな時代を築いています。所得税、住民税、年金保険料などは著しく減額し、今では税金は国民所得の5%ほどしか徴収していません。これはSゲノムを毎年他国に法外な値段で売却し、アマテラスに保護される権利も各国から徴収しているためです。この2つだけで、我が国はどの資源大国をも超える収入源を得ています。しかし、現在、この現状に不満を抱える国は後を絶ちません。アマテラス誕生以降、戦争の兵器は人、つまりブレイズ主体となりました。法外な値段にしているのにも関わらず、Sゲノムをもっと輸出しろとあらゆる国から要求されています。その要求量のまま輸出してしまえば、単純に人口の多い国が圧倒的な武力を持つことになります。ですので、Sゲノムを生成できる量には限りがあると断り続けています。つまり、どの国もSゲノムとアマテラスを独占したいと思っているのです。そのために我が国を内部から崩壊させるのが手っ取り早いと考え、テロ組織に資金提供しているのでしょう」
「まぁそうだよね〜アマテラスで自国だけ守って、全世界にミサイル撃っても世界征服できるし、Sゲノムを独占しても世界征服できるもんね。でもSゲノムって成分分析して、複製とかできないもんなの?」
清四郎は純粋な疑問を口に出しただけだろう。しかし道谷はそんなことも知らないのかという驚愕の表情を浮かべる。
「それはほぼ不可能ですね。天野裕治が完成させたSゲノムはかなり特殊な、まさに異次元な製法で精製されると聞きます。成分を分析したくらいではとてもとても」
少し小馬鹿にした口調を隠しきれていない。いや、隠すつもりもないのかもしれない。
「へぇそうなんだ。でもさ、他国がそんな躍起になってんなら尚更心配だなぁ、スパイがSゲノム精製工場に入り込んだら大変じゃないか。そこら辺は情報局ちゃんと対策してるのかな?」
小馬鹿にされたことに腹を立てたのか、清四郎は道谷が所属する情報局を煽る。
それに対して道谷はふっと鼻で笑う。
「ご心配ありがとうございます。Sゲノム精製から輸送に至るまで、全てがトップシークレットです。Sゲノムの精製は無人の完全自動化。輸送も物流センターに、他の海外に輸出する製品と一度まとめて保管しますので輸送ルートからの追跡も不可能。精製する機械のメンテナンスを行うのもAIを組み込んだロボットです。さらに、メンテナンスロボットとSゲノムを運ぶ輸送トラックも自動運転。全ての過程に人が介入する余地はないので、工場の場所がバレる可能性は著しく低いのです。そして九条元帥始め、一部の要人しかその場所を知りません。付け加え、日本の数多ある工場の85%は衛星でも探知できないステルス仕様という徹底ぶりです」
よくここまでスラスラと喋れるものだ。柊は感心しながら道谷を見た後、清四郎に目をやる。ぐうの音も出ないとはまさにこのことだろう。清四郎は口を曲げて黙り込んでしまっている。
「では、他に質問がなければ多数決を採らせて頂きます」
場は静まり返る。誰も質問はないようだ。
「A級テロ組織への諜報活動に賛成の方は挙手をお願いします」
その場にいる全員が挙手をする。それほどまでにA級テロ組織が国家の危機となりかけているのなら、反対する理由もない。
「ありがとうございます。それでは情報局で諜報活動を行い、情報が入り次第また報告させて頂きます」
道谷は深々と頭を下げるとそそくさと退室してしまった。
少しの間をおいて朱虎が口を開く。
「今日は忙しい中集まってくれてありがとう。最後に私からも一つ。日本は強く豊かな国となったが、同時に未だかつてないほどの敵意にもさらされている。それほどまでにアマテラスとSゲノムの独占は世界中の脅威となっているんだ。我が国のブレイズの数、そして我々特異部隊の存在が抑止力となって他国に攻め込まれていないが、いつまた何時攻め入られるとも限らない。今、他国は戦闘用アーマー、ドローン、生物学的兵器、中には怪しげな人体改造薬物に至るまであらゆる手を使ってブレイズに対抗できる兵器の開発に躍起になっている。より一層危機感を持って日々の鍛錬に励んでもらいたい。以上だ」
朱虎は立ち上がり、立てかけてあった二本の刀を腰に差して退出する。それに続いて皆退出していく。三次元映像で参加していた特異部隊のメンバーもプツンと電源を落として消える。
柊も退室しようとしたところ、凛に呼び止められる。
凛は大きな瞳で柊を睨みつけている。柊にはこれが何を表現しようとしているのか分からなかった。
「え、なに?」
「その美少女女子高生と連絡先交換しました?」
柊は一瞬思考が停止した。てっきり先程の会議の内容についての話を振られると思っていたからだ。何か理解できない部分があって教えてほしいとか、柊の意見を聞かせてほしいとか、そういった内容を想像していた。A級テロ組織のことで頭がいっぱいだった柊は助けた女子高生のことなど頭の片隅にもなかったのだ。
「いや、してないけど。なんで?」
さっきまで睨みつけていた凛の表情は一変して朗らかになる。
「なんだ〜! てっきり鼻の下伸ばした先輩が特異部隊の立場利用して変なことするんじゃないかと心配しましたよ〜」
失礼なやつだな、と柊は少し腹を立てる。
「するわけないし、したところで何か問題でもあるのか?」
「え? いや、問題......はない......いや、あります! ありますよ! 女子高生ですよ? 犯罪です! 特異部隊の恥晒しです!」
言った後にその発言が自分の首を絞めていることに気づき、凛はしまった、と発言を取り消したい気持ちになる。
「まぁたしかにその通りか」
柊は凛の生真面目な正確に感心する。
「いや、まぁ両思いなら問題はないかもしれません」
「......結局何を言いたいんだ?」
発言がコロコロ変わる凛に柊はついていけなくなってきた。
「......何を言いたいんでしょう?」
凛も混乱していた。凛の聞きたかったことは、会話の冒頭で聞けている。その後の会話はどう考えても蛇足だった。実は会議中もこのことが気になって気になって仕方なく、A級テロ組織だの、世界と日本の関係がどうだのなどの話は全く聞いていなかった。
「あ! 今から空いてますか? また体術と勁気術教えてください」
凛は急激に話を逸らす。このくらいの年齢の子はこんなものなのかなと柊は無理やり納得することにした。
「いいよ。じゃあ後でうちの道場に来な。今回は道着忘れるなよ。前回その制服で練習したら大変なことになったからな」
柊のその発言に凛は急激に顔を赤らめる。発言と同じようにコロコロ変わる凛の表情に柊は笑いそうになる。
「先輩って女心というか、デリカシーって言葉欠如してません?」
「馬鹿言え。俺ほど女心とデリカシーを理解してる男なんていねーよ」
こうは言ったものの、実際柊は自信がなかった。特異な幼少期を過ごしたため、こういった感情、思考がどこか欠如しているのではないかと自分でも常日頃疑っていたからである。
「だったら、絶望的な世界ですね」
凛は呆れた顔で嘲笑する。




