2.参謀本部と最強の人々
街中に聳え立つ巨大な日本屋敷のような建築物。数奇屋造りを思わせる5階建てのその建物は、異様な威圧感を発していた。門には『参謀本部』と書かれた木の表札がでかでかと掲げられている。この国の軍部の中枢機関だ。
柊は駆け足でその門の前に到着する。2人の門番が厳しい目つきでこちらを睨んでいる。そう言えば今日は軍服を着ていなかったなと柊はポケットに手を突っ込み、黒色のワイヤレスイヤホンを取り出す。
柊は取り出したワイヤレスイヤホンを左耳だけに装着し、指で2回叩く。すると、目の前に電話やメールなどの様々なアプリが表示されたスクリーンが映し出される。イヤホンがプロジェクターのようにアプリを映し出しているのだ。もちろん反対側からは見えないようになっている。柊は指でそのスクリーンの端っこをつまみ、操作しやすい位置に移動させる。移動したスクリーン上でアプリを操作し、階級章のようなものを表示させる。そして、そのスクリーンを柊と向かい合ってる門番に見えるように、透け防止設定を解除する。途端、厳しい目をしていた2人の門番は目を見開き即敬礼の体制になる。
「お疲れ様です!」
柊は軽く会釈だけしてイヤホンをまた2回叩く。スクリーンは音もなく消える。
これは、腕時計やイヤホン、ブレスレットなど様々な端末からアプリを空間に映し出す、次世代スマートフォンである。スマートフォンと言っても、このデバイスはディスプレイとしての役割しか持たず、処理や計算は全てクラウド上のコンピュータが行う。クラウドと通信した端末がディスプレイとして情報を映し出しているだけにすぎない。正式名称はpicture phone、略してピクホン。なんの変哲もない名称だが、未だにこのデバイスをスマホと呼ぶ人は多い。ちなみにこれも天野裕治の発明品である。
虹彩認証システムの扉で認証を済ませると、柊は建物に入る。階段を早足で駆け登り、最上階の奥、特異部隊作戦会議室と書かれた看板のあるドアまで一直線に進む。そんなに急がなければならなかったわけではないが、大遅刻して目立つのを避けたかったのだ。しかし時計は既に会議開始予定時刻から20分が経過していることを示していた。
コンコンコンコンと四回ノックし、重厚な二枚扉を開ける。この参謀本部は外見こそ和のテイストだが、内部は階と部屋によって和と洋が入り混じっている。この会議室は洋のテイストである。
「遅れてすみません」
柊は扉を開けながら謝罪の言葉を述べる。
「久しぶりだな、柊。大丈夫だ、遅れた理由は聞いている。それにもう1人遅れているからまだ会議は始まっていない」
頭を下げた柊の右側から声が聞こえる。
話しかけたのは、楕円形の円卓の上座に座る40代半ばほどの男だ。この場で最も階級が高く、そして日本一の剣豪と呼ばれる人物、飛鳥馬朱虎である。オールバックに流した髪と整えられた髭が相まって、渋いオヤジという表現がピッタリの男だ。一見、優しそうな目をしているが、幾千もの修羅場をくぐり抜けたであろうことを思わせる峻厳な瞳は、どこか哀愁さえ感じさせる。
朱虎の服装は、黒を基調とした袴姿だ。テーブルに立てかけられた二本の日本刀とその袴姿から、江戸時代からタイムスリップでもしてきたかのような印象を与える。しかし、この袴という服装は現代の日本であまり珍しくもないファッションとなりつつあるのも事実だ。
円卓には他に十三人腰掛けている。そのうちの六人は地方在住のため三次元映像で映し出されているだけだ。残りの七人の側には刀や槍など各々の武器が立てかけてある。
「お久しぶりです。朱虎さん。理由を聞いている?」
柊は嫌な予感がして思わず聞き返す。
「あぁ、そうだ。なんて言ったけかな、あの陸軍情報局の狐顔の目が細い......」
瞬は嫌な予想が当たったことに臍を噛む。余計なことを言っていなければ良いが。
「......水間歩夢ですね」
「あぁ! そうだそうだ! 水間君だ!」
柊は水間から聞いたであろう話がそれ以上発展するのを恐れ、愛想笑いで話を切り上げ自分の席に着く。入ってきたドア側の下座寄りの席だ。左(下座)には和泉凛という少女、右(上座)には三次元映像で杉山邁といういかにも厳格そうな顔つきの細身のおじさんが座っている。
「先輩遅すぎですよ」
凛が膨れっ面で話しかけてくる。凛は今時の若い女子が好みそうな、可愛らしい制服を着ている。先程助けた高校生が紺色ベースのシックな制服を着ていたのに対し、この少女のはコスプレなんじゃないかと疑うような、ピンクの混じった明るい制服だ。ツインテールと相まって子供っぽさ全開だが、実際まだ15歳の子供なので違和感はそこまでない。
「凛ちゃん、そう柊を攻めるな。彼は人助けをしていたそうだ」
朱虎がニコニコしながら凛を戒める。周りからも「ほう」と好奇心の声があがる。まずい。柊は嫌な汗を流す。
「へぇ、人助けしてたんですか」
「ヤクザに追われている女子高生を助けてあげたらしい。女優顔負けの超絶美人だったとか。柊も鼻の下を伸ばしてデレデレだったと聞いたぞ」
朱虎はニヤニヤしながら話す。最悪だ。そういう下世話な話好きかつ法螺吹きの水間が伝えるであろう内容も、それを面白がって話す朱虎も想像できていたのに防げなかった。柊は苦笑いするしかない。
凛は何かショックを受けたような顔をしているが、柊の視界には入っていない。
「あらぁ、柊くんって硬派で武道一筋ってイメージあったのに残念だわぁ。まさかロリコンだったなんて」
すかさず悪戯好きの早乙女詩織が右斜め向かいの席から話しかけてくる。彼女は現代を生きる魔女と呼ばれている年齢不詳の女性だ。噂によれば、実年齢は30半ばほどらしいが、見た目はどう見ても20代にしか見えない。女性らしい立体的なボディラインを強調するような半袖のブラウスとタイトスカートを着ている。
「やめてくださいよ詩織さん。ロリコンだなんて。ヤクザに追われてる人がいたら誰でも普通助けますよ」
柊は冷や汗を流しながら弁明する。目立つことが苦手で、人前で話すこともできるだけ避けたい性分なのに、なぜこんなことを皆の前で話さなければならないのか。
「ふーん。本当かしらねぇ。あれ? 凛ちゃん、何か様子がおかしいけどどうしたの? 柊君に何か言いたいことあるの?」
詩織はわざとらしく目をまん丸にして凛に声をかける。実際先程から凛の様子はおかしい。明らかに動揺していた。周りも気づいて笑っている。もっとも、柊はそれどころではないので全く気づいていないが。
「え? あ? え? あ、わ、私も来年高校生になります」
私は何を言っているんだろう。と凛は発言した直後に冷静になる。急に話を振られてテンパってしまった。こんなの半分好意を伝えたようなものだ。最悪だ。凛はとてつもない絶望に襲われる。しかし当の瞬は話題を無理矢理逸らそうとしてくれた凛の優しさだと全く見当違いの感謝をしていた。
詩織がまた何か言おうとしたその時、会議室のドアが勢いよく開く。
数ある小説の中で、私の作品を読んでいただきありがとうございます。




