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1.少女の覚悟と現実

 そしてそれから10年後......


 1人の男が街の人ごみの中を歩いている。白いTシャツにナイロン素材らしき黒のパンツ、黒のスニーカーという至って普通の格好だが、程よく鍛え上げられた肉体と鋭い眼差しは、見る者が見れば只者ではないとわかるだろう。年齢は20代半ばくらいだが、その顔つきは年齢に似合わず妙に大人びていた。名は神代柊(かみしろしゅう)という。


 柊は目的地に向かって人ごみの中をすり抜けながら早足で進む。しばらく黙々と歩いていると後ろの方から何か騒がしい声が聞こえてくる。柊は事件かと振り向く。

「なんだ?」

 柊は思わず独り言を呟く。

 

 ものすごいスピードで1人の女がこちらに向かって走ってくる。しかし、人混みのせいで思うように前に進めないようだ。その後ろから黒いスーツを着た男が何人も追いかけている。彼らは人混みなどお構いなしといった風に、人を押し飛ばしながら走っている。

 瞬時にこの状況からパターンを何通りも考える。いや、考えるまでもない。事件の可能性は非常に高い。

 柊は右手に見える裏路地に入り、猛ダッシュしてる女が近づいてきたタイミングで手招く

 「おい! こっちだ」


 女は一瞬警戒するが、男の服装や様子から追手の仲間ではないと判断したのだろう。手招かれるまま裏路地に入り、柊の後を追う。柊は裏路地にあるビルの非常階段を登って止まった。下を見ている。下には黒スーツの男たちが走り去っていく。


「助かったぁ」

 女は階段にへたり込んで息を整えている。制服を着ている。高校生だろう。裏路地に手招いた時はわからなかったが、驚くほどの美貌の持ち主だ。長く艶やかな黒髪に大きな瞳、鼻筋も輪郭も恐ろしいくらいに整っている。女優顔負けの美しさだ。

「何があったんです? 事件ですか?」

 柊は美貌に釘付けになりそうだったのを誤魔化すように話しかける。

「んー事件なのかなぁ。私多分見ちゃいけないもの見ちゃったかも」

 息を整えた彼女は薄笑いを浮かべながら話す。

「でも助けてくれてありがとうございます。あのまま捕まってたらどうなっていたか。お名前は? 私は七草(ななくさ)美桜(みお)です」

「俺は神代柊です。七草さん、見ちゃいけないものって何を見たんですか?」

「神代さんですね。神代さん、改めてありがとうございます。えっと、ヤクザっぽい人が人を殺しちゃってるとこ目撃しちゃいました」

 七草美桜の笑みはいつの間に苦笑いに変わっていた。

 

 柊はなんだと緊張を解く。この子はヤクザ絡みの殺人現場を目撃し、目撃者として追われていただけだ。戦前より治安は回復したと言っても、未だこういった類の事件は多い。

「なら警察に行けばすぐ解決です。警察署まで送っていきますよ」

「後日狙われたりしないかな?」

「大丈夫です。そんなこと日本の警察は許しません」

 本当は大丈夫ではない。ただ、神代柊は自らの影響力を使ってこの街近辺を縄張りとしているヤクザ組織に圧力をかけようと考えていた。非常に面倒なことだが、この子はなぜか助けたくなる不思議な魅力を持っている。ただ、美人だから助けたいなどという下心で動こうとしている訳ではないという確信を持てないところが辛いところだが。

「わかりました。とりあえず警察に行くしかないですね」

 

 七草美桜は立ち上がると階段を降り始める。あたりを警戒しながら。そして2人で裏路地を出ようとしたその時、黒い影が前方を塞ぐ。

「やっと見つけた〜」

 

 そこには身長2m、体重200キロはありそうな坊主頭の大男と、角刈りの髪にサングラスをかけた、いかにもなヤクザが立っていた。2人とも黒のスーツ姿だが、大男の方は武器を持っている。

「ひっ」

 美桜は咄嗟に後ろに飛び退く。

 

 タイミング悪いなぁと柊はまるで、ガムを踏んづけてついてないなと嘆くサラリーマンのようにため息をつく。仕方ない、と前に出ようとした時、美桜に腕で静止させられる。美桜は柊とは全く別次元の覚悟を決めていた。

「下がっててください。武器を携帯していないところを見ると、あなたはブレイズではない。私は学生ですが、一応ブレイズです。」

 美桜は震えた声で柊に話しかける。

「やはり君、ブレイズなのか。それは心強いな」

「......余裕ありますね。私がやられれば、次はあなたですよ? 私はブレイズですけど、今武器を携帯していません。かなりまずい状況です。私が攻撃を仕掛けるのでその隙に逃げてください」

 美桜は先程逃げ回っていた少女とは別人のように腹を括っている。しかし、口調から焦りを隠しきれていない。当たり前だ。目の前の巨漢の男は右手に日本刀、左手に斧を持っている。おそらくブレイズだろう。学生で、しかも素手の美桜に勝ち目はない。


「もうおしゃべりはいいかなぁ〜? 君は可愛いから殺さずに商品として使ってあげるからねぇ〜」

 巨漢はニンマリと気持ち悪い笑みを浮かべる。これを聞いて美桜も再度覚悟を決めたようだ。先手必勝とばかり前に飛び出る。巨漢はすぐさま刀を振り下ろす。美桜は右足を軸に体を反転させギリギリでかわす。あと1cmズレていたら鼻を削がれていただろう。そのまま後ろ足で地面を蹴って懐に入ろうとしたところ、巨漢の斧の峰が美桜の右腹部に突き刺さる。

「くはっ」

 美桜はその場で膝まづく。

「ありゃりゃ! ちょっと強くやりすぎちゃったかなぁ〜!」

 巨漢が嬉しそうに美桜を見下ろす。

「若頭〜 味見しちゃっても良いですかぁ〜?」

 巨漢が後ろにいるもう1人の男に話しかける

「こんな場所で味見もクソもあるか、そっちの男を始末してその女を車に乗せろ」

 若頭と呼ばれた男はぶっきらぼうに吐き捨てる

「ふぁ〜い」

 

 巨漢が美桜の後ろにいる柊に近づく。一歩一歩のっしりのっしりと。美桜は起き上がろうともがくが、体に力が入らないようだ。柊の方に泣きそうな顔を向けることしかできない。

 柊は黙って巨漢を見上げたままだ

「お前もなかなか良い顔してんなぁ〜俺は男も女もどっちもイケるんだぁ〜 お前も可愛がってやろうかぁ?」

 柊は見上げながらこう答える。

「いちいち所作のキモいデブだな」

 巨漢の日本刀が柊の頭目掛けて、猛スピードで振り下ろされる。先ほどの美桜に向けたスピードとは桁違いだ。一般人なら認識することすらできないだろう。

 

 ボコッという鈍い音が響く。巨漢に隠れてしまって、美桜と若頭からはよく見えない。しかし2人とも想像しているものは同じだろう。柊の真っ二つに割れた頭を。美桜は悔しさと悲しさで顔が歪む。

 しかし次の瞬間、2人は信じられないものを目にする。ぐらっと巨漢が揺れて倒れたのだ。よく見えないが、巨漢の腹に大きな窪みができているようだ。柊はスタスタと若頭に近寄る。美桜の横を通り過ぎ、若頭の目の前で歩みを止める。

「てめぇ、なにしやがった」

 若頭はドスを効かせる。

「何しやがったじゃねぇよ。テメェらこそ何してんだ。誰に刃向けたかわかってんのか? お前、組織ごと潰すぞ」

 今度は柊がドスを効かせる。さっきまでとは打って変わった、野生の獣のような表情をしている。

「......何者だ?」

 若頭の額には汗が浮かぶ。普段ならこの若頭もこんなハッタリ信じないだろう。しかし、この柊と言う男の実力を目の当たりにした今、この言葉をハッタリと断定しきれなくなっている。

「これ見えるか?」

 迅がTシャツの下に隠れていたネックレスを若頭に見せる。金色に輝くそのネックレスのトップスには、獅子と虎が描かれていた。わずか1cmほどのそのペンダントにその2匹は美しく彫刻されていた。職人技中の職人技であるのは一目でわかる。それを見た若頭は一気に冷や汗を噴出し、足はガタガタと、まるで漫画のキャラクターのように震え出した。

「そ、それは本物......ですか?」

 若頭は声を振り絞る。若頭は本物であることを確信していた。組の中でもトップクラスの実力を誇るあの巨漢を瞬殺したこととも辻褄が合う。しかし、思わず聞き返さざるを得なかった。それほどまでに信じられないもの、いや、見てはいけないものを目にしている。

「こんな偽物作る馬鹿いねぇよ。通貨偽造の100倍は罪重いぞ」

「も、申し訳ございませんでした!!」

若頭はその場に土下座し、額を地面に擦り付ける。おそらく額には血が滲んでいるだろう。

「どこの組織か教えてもらおうか」

「何卒、何卒、お許しください。私の腕の一本や二本で済む問題でないことは百も承知。せめて、せめて私の命で勘弁してもらえないでしょうか。組と親父だけはどうか、どうか......」

 若頭の声は最後の方はもう涙声だ。

 

 この状況を美桜は理解しかねていた。美桜の場所からは柊が何を見せたのかもわからない。会話も聞こえない。しかしヤクザの様子がおかしいことは見て取れる。そんなネックレス一つでヤクザの態度が急変するものなんてこの世にあるのだろうか?警察や軍のワッペンのようなものだろうか?それにしてもこの怯え様は異様である。

「じゃあ、この子に二度と近寄らない。それを約束してくれたらそれだけでいいよ」

 柊は若頭と裏腹に、ひどく冷静だ。

「そ、それだけ?」

 若頭は拍子抜けしたように答える。

「あぁ、それだけだ。俺は嘘はつかない。それはお前もわかってることだろう。だけど、もしこの子に危害を加えるようなことがあれば、その時は君の組織を壊滅させる。いいね?だからその保険として君の組織を教えてもらおうか。」

「あ、ありがとうございます!」

 若頭は土下座したまま胸ポケットから名刺を取り出すと柊に渡す。柊はそれを一瞥して無造作にポケットに突っ込む。

「じゃあ、あのデブ連れて去れ」

 若頭は巨漢を全力で引きずって裏路地から消えた。去り際何度も何度もお辞儀をしていた。

 柊はすぐさま救急隊を手配する。

「あ、あの、あなたは、何者、ですか?」

 美桜は息も絶え絶え柊に問いかける。

「内臓に少しダメージがあるはずです。今はしゃべらない方がいい。」

「は、はい」

 

 一、ニ分の沈黙の後、救急隊が到着する。いくら都心とは言え、救急隊はこんなにすぐ到着するものなのだろうか。美桜は痛みを忘れてそんな疑問を抱きながら担架に乗せられ運ばれる。

「あ、あの、ありがとうございました。何かお礼をしたいのですけど......」

「礼なんていりませんよ。そんなことより早く怪我を治して元気になってください」

「で、でも!」

 美桜はまだ何か言おうとしたが、柊が救急隊に合図を送ると、そのまま救急隊に運ばれていってしまった。美桜は担架の上でまだ何か叫んでいる。

 

 そしてその場には柊ともう1人、ネイビーのスーツを着た20代後半くらいの細身の男と2人だけとなった。この男は救急隊と一緒に現れたが、どうやら一緒に帰らないようだ。

「いやぁ、君から救急隊の手配とは何事かと思って来てみたら、珍しいこともあるもんだねぇ」

男はただでさえ細い目をさらに細くして笑いかける。

「お前は呼んでないんだけど」

「犯人には逃げられたのかな?逃してあげたのかな?」

 細目の男は柊の会話を無視して問う。

「どっちでもいいだろ。逃したとして、そんなことで俺を逮捕できまい」

「でもなんであの少女、怪我させられる前に助けてあげなかったんだい?」

 細目の男は相変わらず一方的に質問だけする。柊はしばらく沈黙し、仕方なしと口を開く。

「彼女は俺を助けようとした。まだ実力も半端で武器もないのに。ブレイズだからという使命感から。挟み撃ちでもないあの状況なら、俺を見捨てて逃げられたはずだ。そんな彼女の戦う姿を見たかっただけだ。もちろん、重症になりうる攻撃を受けそうになれば助けるつもりだったが」

「なるほどねぇ、昔のあの光景を当て嵌めちゃったのか。てことは君はまだ過去に囚われたままということだね。悲しいねぇ」

 細目の男はどうやら会話が苦手なようだ。相手の心情やトラウマなどを一切考慮せず言いたいことを言うタイプだ。しかしそこで柊はハッとする。

「おやおやぁ、自分でも気づいてなかったのか。これは重症だ」

 柊の表情は、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「まぁなにはともあれ、君が戦ったのに大ごとにならなくて良かった。下手したら辺り一面爆心地になるとこだったよ。ところで君、会議もう始まっちゃうんじゃない?」

 柊はそこでまたハッとなる。しまった! 思った以上に時間を使ってしまった! 柊はすぐさま走り出す。それを細目の男は笑いながら手を振って見送る。見送りながら叫ぶ。

「今回の件もそうだけど、過去の追及はほどほどにしなよ〜」


小説初投稿です。

至らない点もありと思いますが、ご指摘いただけると幸いです。

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