侍女復活
エンバレク国に戻って二週間ほど経ちました。
着いてすぐに私は殿下に呼び出され、荷解きも程々に殿下の元へ参りますと「連絡が遅い」と文句を言われました。
どうやらルーナはしっかり殿下に届けてくれた様です。
しかも書かれた内容にまでケチを付け出し、最終的にはオスカー様に「わざわざ報告をくれたマリーに何たる態度だ!!」と怒鳴られておりました。
まあ『あと二日したら、そちらへ向かいます』としか書きませんでしたし、名目は家族旅行なので下手な事は言えなかったのも事実。
「……で、どうだったの旅行とやらは?」
「えぇ、大変充実した日々でした」
まあ、変わったことと言えば家族が増えて帰ってきた事ぐらいですね。
「……変な虫付けてこなかったでしょうね?」
「は?」
殿下の言葉で不意にユリウス様の事を思い出し、顔が熱くなりました。
目ざとい殿下は当然、気づきました。
「マリー!!何があったの!!貴方が顔を赤らめるなんて相当の事よ!!」
飛び掛りそうな殿下をオスカー様が必死に止めてくれています。
──まったく、思い出したくない事を思い出させてくれましたね……
「マリー!!早く言いなさい!!」
「……特に何もありませんよ。まあ、敢えて言うならちょっと格の高い犬に噛まれた事ですかね?」
そう伝えても納得しない殿下はギャーギャー煩いです。
「いい加減にしろ!!マリーだって子供じゃないんだ!!男の一人二人はいるだろ!!」
オスカー様の一言で、殿下はフラフラと机に突っ伏してしまいました。
すると、オスカー様が私に目配せで「今の内だ」と伝えてきたので、お辞儀で返し執務室を後にしました。
一悶着ありましたが、無事殿下に帰国の挨拶を終えたました。
次に私はテレザ様の元へ行き、長期休暇のお礼を伝えお土産を渡し侍女復帰を果たしました。
そして、本日。
いつもの様に中庭で大量の洗濯物を干している最中です。
空を仰ぐと元気よく飛び回るルーナの姿が目に映り、思わず頬が緩みます。
──平和ですね……
「あれ?マリーじゃん」
木の上から声がかかりました。
──久しぶりに聞く声ですね。
「……お久しぶりです。エルさん」
「家族旅行行ってたんだって?楽しかった?」
エルさんは木にぶら下がりながら私に問いかけてきました。
相変わらず、この方は暇なようです。
「えぇ。それなりに楽しかったですよ」
「あ~あ、僕も行きたかったなぁ」
ピョンッと木から下り、地面に横たわりながら仰いました。
「それは無理ですね」
「分かってるよ。家族水入らずな所を邪魔するほど常識外れじゃなあからね」
一応の常識は弁えているみたいで少し安心しました。
「──……そう言えばさ。毒蜘蛛って知ってる?結構有名な暗殺集団なんだけど。確かグロッサ国が本拠地なんだよ。マリーもグロッサ国行ってたんだよね?」
エルさんの口から毒蜘蛛と言う単語が発せられ、ドキッとしました。
「……いえ?確かにグロッサ国に行っておりましたが毒蜘蛛と言うのは、知りませんね」
疑われないよう冷静を装う事に必死ですが、内心ドキドキです。
「……ふ~ん。その暗殺集団がついこの間、壊滅させられたらしいんだよねぇ。……門に落ちてた毒蜘蛛の奴に何を聞いても喋らないし、僕らもお手上げだったんだけどさ」
門に落ちていた毒蜘蛛とは、ネリさんのお母様を助け出す際に捕まえた方ですね。
すみません。忘れてました。
「ぶっちゃけ。アイツらを壊滅させれるなんて、普通の騎士じゃ無理だね。皆一流の殺し屋だから。そうなると、一体何処の誰だろうね……?」
チラッとこちらを見ながら言われるので、気が気じゃありません。
ここは、知らぬ存ぜぬを貫き通すまで。
「──さあ?私は、騎士でもなければ隠密でもありません。ただの侍女です。そんな私が知りえる情報など、朝昼晩の献立ぐらいですよ?」
──ですからこの話は終わりして、どこかへ行ってください。
「……ふ~ん……」
未だに目を逸らさずこちら見ているので、心臓に悪いです。
私はできるだけ目を合わせないように、洗濯物を干すのに集中します。
「──……まあ、そうだよね。マリーに聞いても分かんないか……」
そう口にするとエルさんは飛び起き、伸びをした後屈伸をし「じゃあ、僕そろそろ行くよ」と手をヒラヒラ振ってこの場を離れようとしました。
「──あっ、そう言えば。最近墓荒らしが出没してるらしくて、危ないから墓には近寄らない方がいいよ~」
最後に一言言われると、すぐに姿を消してしまいました。
──墓荒らしですか……
死人を掘り起こすとは、悪趣味にも程がありますね……
まあ、私には関係ありませんが。
そう思いながら、まだまだ籠いっぱいにある洗濯物に手を伸ばしました。




