前編第二章 剣豪(ロシェーン視点)
先週忙しすぎて投稿できませんでしたので、今週は2話を投稿します。
私の家、カロル伯爵家には私と父しかいませんでした。母は、私が小さいころに流行り病でいなくなりまして使用人も一人も宿っていませんでした。父曰く、「武家たる者、身の回りは自分でやるべし」とのこと。その教えに基づいて私は小さいころから自分の身の回り、家事全般を学んでいました。我が家の伝統の剣の訓練は、お父上には自由参加といわれました。実の子供として、爵位を継ぐのは私しかありませんが、剣の流派を継ぐのにはお父上は養子にした門下、ブレンダン義兄上にすると昔から決めていました。ブレンダン義兄上は養子ですが、一緒には住んでいません。私への気遣いか、はたまた他の理由があるのか今も分かりませんが、他の門下と同じように稽古のときだけ家に来て、稽古が終ったら自分の宿に戻っていきました。
そんな生活の中で、彼らはやってきました。ケイン子爵の兄弟、兄のイーアンと弟のローカン。初めて会った時、イーアンは私と同い年の11歳で、弟のローカンは1つ下の10歳で門下としてお父上に弟子入りしてきました。別に珍しいことではありません。多くの貴族の子息は伝統あるカロル剣の流派に弟子いり者も多いです。しかし、そういう者たちにはお父上は“特別”な訓練をさせていました。それは、本格な稽古ではなくてただそれなりの様になれるような訓練です。それでも、ほとんどの力仕事が使用人に任せている貴族の子息には厳しい訓練でした。
当時、あの二人だけが私と同年代の門下でしたので、私たちはすぐ仲良くなり幼馴染という関係になりました。兄のイーアンはとても親切で、いつも笑顔で、人当たりが良い方でした。剣を持っている時の姿はまるで物語の騎士様でした。一方、弟のローカンは内気で、いつもおどおどしています。
「正直、なぜ剣を学ぼうとするのか分かりませんね」
「何か言いましたか?お嬢」
「ブレンダン義兄上。少し、気になる子がいまして…」
「あいつは…ケイン子息の、弟の方ですか」
道場の中に、ローカンが他の貴族の門下たちに絡まれていた。ローカンは何も反論せずただあそこで涙を堪えながら立ち尽くしていた。そこにイーアンが駆けつけたが、まだ入ったばかりのイーアンやローカンには敵う相手ではありませんでした。しかし、驚いたことには、自分が絡まれた時ただ下を向いているだけだったローカンがイーアンが突き飛ばされた時に彼らに刃を向けるのでした。しかし、それでもやはり敵いませんでした。
「また泣きました…相手が呆れて立ち去りましたね」
「そうですな。しかし、兄の方がまだ余裕があるそうです。自分のことを気にせず弟の方を励ますとは、いいご兄弟ですね」
「イーアンは真面目で、“特別”の訓練だけですが、あんなふうにめげずに稽古に励んでいます。貴族の子息の中ではそう遠くないうちに上手になるでしょう。しかしローカンにはそうは感じません。最初は弱い自分を変えるつもりだと思っていましたが、いつもぼうっとしていて、稽古のときでも上の空です。それで思うのです。なぜ剣を学んでいるのでしょうと」
「…ぼうっとして、上の空、ですか…」
「義兄上?」
「あ、いや。まあ、貴族のお坊ちゃまですし、ご両親の言いつけとかかもしれませんよ」
「そうか。そうですね。しかし私は、剣よりは他のことを学ぶほうがいいと思います。動物は好きらしくて詳しいから獣医とか似合うと思います」
「そうか。ま、お嬢がそう思うなら本人に言えばどうです?いつも仲良くしているお嬢の言葉なら素直に聞くかもしれませんよ。んで、お嬢ももっと彼と一緒にいる時間が増えるでしょ」
「義兄上、何か勘違いしてません?そういうんじゃないですから」
「へいへい。それじゃ俺、自分の稽古に戻りますんで」
あの時は義兄上にからかわれて否定しましたが、確かにあのころから私はローカンに惹かれたかもしれません。私は気になって稽古の後にローカンとよく一緒にいて、一緒にあそんで、イーアンと交えて私たちは幼馴染となりました。
前にも言いましたが、ローカンは動物が好きです。そして、動物たちも彼に懐かれます。それが野良猫でも、通りすがりの鳥でも、ローカンがそこで座っていれば動物たちが彼のもとに集まってきます。私も動物が好きですが、彼のようには懐かれていません。だから、ついうらやましくなってそんなことを言いました。
「ローカンって、剣を持つよりこんなかわいい姿のほうが似合うのですね」
「そ、そうか。でも、かわいいはちょっと…」
「…そもそも、ローカンはなぜ剣を学ぶのですか?」
「兄さんが、学びたいというから…」
「え?つまり、イーアンと一緒にいたいから、ですか…?」
「や、やっぱり…変、かな…?」
「…かわいい」
「…またかわいい言われた…」
「すみません。でも、確かに好きな人とはずっと一緒にいたいですよね。その気もちは、分かります…私も、ローカンともっと一緒にいたいですから」
「ロシェーン…うん。僕も、ロシェーンと一緒にいたいよ。ロシェーンと兄さんとずっと一緒に遊びたい」
「ええ。そうなれれば素敵ですね」
子供の恋心。そう言われればそれまでですが、当時の私たちは本当に想い合っていたと思います。イーアンもそんな私たちと遊んでくれて、かわいい弟をよくからかうのですが、私たち三人がいる時間がとても大切でした。