前編第一章 剣の芸人5(ショーナ視点)
私を含めて誘拐された被害者たちは騎士団の保護されて手当てを受けていた。騎士団の方々は私たちにそれぞれの家に帰すと言っていたが、少年少女の何人かが実は誘拐されたではなく自分の両親に売られたと白状し、帰すにも自分には帰る家がいないと喚いたのだった。そこまでヒトが腐るのか、さっきまで見たヒトの闇はまだ底が知れていないと実感した。騎士たちは困った顔してどうするかは迷っていた。私はその騎士たちをそっちのけて泣いている子供たちを全員自分の腕ができる範囲まで抱いた。
「つらかったね。悲しかったのね。もう、我慢しなくていいよ。お姉さんも、一緒に泣くから。悲しさも悔しさも全部出しましょう」
絶望に堕ちた人は、自分を保つのに精一杯で悲しむことを忘れることがある。そういう人は下町でよく見ていた。
「泣きたい人に泣かせてあげる。怒りたい人に怒らせてあげる。その負の感情を引き出し、受け止めて、そして空っぽになった彼らを支える。支え合っていくのじゃよ。ショーナ。それが下町の住民の生き方じゃ。ま、少々性格が荒くれになるんじゃがな」
一度も忘れたことがない、お神父さんの教え。それを、この子たちにもしてあげたかった。
「居場所がいないのなら、お姉さんのところにおいで。あそこね、あなたたちみたいに悲しむ人がいっぱいいるけど、だからきっとあなたたちを優しくしてあげるの。そうしたらあなたたちも、たとえどんなに悲しくても、同じく優しい心を忘れないでね」
「うん!!うん!!!!」
「いい子。いい子」
子供たちと一緒に涙を流しながら励まし、彼らに癒しを願ったら自分の力が発動した。でも、効果があるのか、みんなの顔は少し安らぎを取り戻した。そんな私たちの様子を騎士たちはただ見守っていた。
子供たちが落ち着いたときに、一人の騎士が私に話しかけていた。
「まかせてしまってすまない。それでなんだが、できればこの後にこの子たちの身元の確認にもご助力を願いたい。人身売買も犯罪なので…」
「うん。分かった」
「その後は、この子たちが下町の教会に引き取れるよう自分からも手を回してみる」
「うちを知っているの?」
「一応な。俺はリアム」
「…ショーナです」
「ショーナ、貴女も我ら中央騎士団の駐屯所までご同行願いたい。貴女には、色々聞きたいことがある」
「分かったわ。今は、この子たちの傍にいたいし」
「感謝する。それと、もう一つ聞きたいが、広場の中央にいた魔獣の死体。あれは…?」
「ここの管理人らしき貴族の“ペット”だそうだけど、あれであいつらは悪趣味な戯れに楽しんでいたよ。本当に気持ち悪い。でも、どこから来たかわからない道化師に倒されたんだ。貴族の間に知られているらしいけど、何者なの?」
「やはりか。いや、ここ最近貴族街を騒がさせた人物で、我々も彼に悩まされている。情報共有感謝する。後は他の騎士の指示に従ってくれれば助かる」
私と子供たちは他の騎士に指導されてその場から出ようとしてその時、
「コンランめ、いつまでこんなことを続けるつもりだ」
私は残っていた騎士のリアムから意外な人物の名前を聞いたが、あのときただ気のせいだと思っていた。
そこから私は、リアムの助力もあって、帰る場所がない子供たちを教会に引き取らせることができた。だが、私自身は結局下町に帰ることができなかった。
税金取りの貴族が言っていたことは本当だった。その後クイーン公爵は中央騎士団の駐屯補に来て、私に会い、そしてあの人こそが私の本当の父親だと判明した。公爵は私が娘だと分かっていたとき、泣いた。ただ立ち尽くして泣いていたんだ。私はそれを見て、きっとこの人も不器用で、そして優しい人なんだろうなと思った。一応後になぜ抱きつかないかと確認したが、、
「私にとっては娘でも、君にとっては知らないおじさんであろう。君を困らせたくなくて、何よりせっかく見つけた行方不明な娘に嫌われたくない」
「…ありがとう。お父様」
「しかし、本当にいいのか?立ち寄らなくて。色々と世話になったのであろう」
「いいの。きっと、辛くなるだけだから」
それから私は下町に帰ることなく、公爵の家に住むことになった。その家で、今まで知らなかったことを知ろうとし、色々なものを勉強した。下町の貧しさ、権力や富の間違える使い方をしている貴族たちを何とかするため、私は公爵の家を継ぎ、そして王国の貴族議会に入るために頑張っていた。何も言わずに去っていた私にはそれしかできなかったと思った。
そんな私を、公爵であるお父様が全面的に協力してくれたおかげで、慣れない環境下でも頑張ることができたと思う。それでも、うまくいかない日にはやはり落ち込むものであった。そんな日のある夜に、夜風に当たろうと思い部屋のベランダに出た私は、信じがたい光景に驚かされた。
「よう」
「コンラン?!なぜここに?!というか、どこから出てきたのよ?!」
少し離れた木の枝に座りながら、コンランが軽い挨拶をしてくれた。本当に、下町で会っていたときのように、彼は変わらず軽い気持ちで私に接してくれた。
「チビたちがうるせーからよ。代わりにあいつらの気持ちを届けに来た。ったく、人に言っておいで自分の方がいきなりいなくなってどーすんだ」
「ご、ごめん。それで、子供たちの気持ちというのは...?」
「ほれ」
コンランは上着のポケットからぐしゃぐしゃになった紙束を出して私に押しかけた。内容を見た私は思わず涙が出てしまった。その紙の一枚一枚が下町の子供たちが書いてくれた手紙だった。その中に、前の事件で保護された子供たちからの手紙も入っていた。急にいなくなった私を恨み口されても仕方なかったのに、その内容は全てが私への励まし、思いやり、そしてなぜか応援の言葉が書いてあった。勉強が苦手な子まで、下手な字で自分の気持ちを伝えようとしてくれた。胸あたりから目元までが暖かくなり涙が止まらなかった。
「何で…?」
「最初は確かにみんな悔しかったよ。ねーちゃんのうそつきって。そこは、教会のじーさんもといおまえのとーさんと他の連中のうまい説得でガキどもも納得してくれたんだぜ。それに、人に優しくするってのがおまえがあいつらに教えたろ?ちゃんとあいつらの中に染み付いたんだよ。おまえの気持ちが。さあて、今からどうすべきか、分かるよな?」
「うん…ちゃんと返事の手紙を書く。あの子たちに、私たちの大切な人たちに届いてくれる?」
「ま、そのために来たからな。ほら、警備兵に気づかれる前にさっさと書け」
「うん。ちょっと待っててね」
忙しく、それでも楽しく手紙を書いている私の横にコンランは私の様子を余所見しながらのんびり木の枝の上で夜空を眺めていた。手紙では子供たちやお神父さん、みんなへの気持ちはつらつらと書けるのに、傍にいる彼への言葉は全く出てこなかった。色々聞きたいはずのに、色々話したいのに、なぜか何も言葉を発せられなかった。ちらっと見ればコンランは何も食わぬ顔でへらへらしていた。
「どうした?」
「…いいえ。もう書き終わったので、ハイ」
「オッケー。んじゃ、あいつらからまたなんかあったらまた来るわ」
「あんたは…?何もないの?」
「何って、何が?」
「何でもいいから!あるの?ないの?」
「いや、だからわかんねーんだけど…」
「あるの?!ないの?!」
「えーと…髪切った?」
「は?何それ?切ってないし。意味わかんないし」
「うん、それ絶対公爵家の姫さまが作っていい表情じゃねえな。声も棘あるし」
本当に信じられなかった。いきなりいなくなった幼馴染に貴族の屋敷を忍び込んでまで会ってくれたのにいうことがそれだけとは、鈍感にもほどがあると思う。本当に頭にきてもう無視しようと、私は顔をそらした。直接見なかったからただの直感だが、彼はたぶんそんな私をすねてる子供を見ているみたいに困った笑顔をしながら吐息したと思う。そしてそんな私をコンランは荒く、そして優しく頭を撫でてくれた。
「ま、少しくらい調子が戻ったようだが、無理せずに頑張れよ。おまえが変えていくこの王都の姿を見るの楽しみにしているぜ」
「なんで…?」
「何年の付き合いだと思ってんだ?それくらいはオレでもわかるぜ。今がちょっとへこんでることもな。なに、我ら下町の姫さまはそこらへんの箱入りお嬢さまやお坊ちゃまとは育ちも根性も違うだろ。おまえならきっとこの国を変えられる。オレたちを助けられる。そしたらよ、次に帰ってくるときにゃ下向くんじゃなくてドヤ顔で自分の活躍を自慢しに来いよ」
「ドヤ顔って…私をなんだと思っているのよ、もう…」
実際、私は子供だった。それだけで機嫌が直ってうれしくになっていたとは我ながらちょろいだな。それでコンランは満足げに笑って今度こそ帰ろうとした。
「んじゃ、今度こそ帰るわ。警備兵のやつらもどうやらもう感づいたらしいし、またな」
「ねえ、私がお父様に言おうか?毎回忍び込むのも大変でしょ?」
「や、いいわ。ちょうどいいしこいつらに侵入者対策訓練をさせてやる。我ら下町の姫さまを護ってもらっておいで平和ボケしっちゃ困るぜ。前科あるしよ」
「そう言われたら反論できないな。気をつけてね」
そういいなやコンランは木の枝から飛び降りて警備兵をまきながら去って行った。私は最後まで、彼に聞きたいことを自分の胸に押さえ込むことにしていたが、彼の姿が見えなかったときには思わず口からその言葉が出てしまった
「ねえ、コンラン、剣の道化師の正体は、あんたなの…?」
夜の風が私の疑心を冷たく奪って行き、ベランダの窓を閉めようと—
「あ、悪ぃ。忘れ物があった」
「きゃああ!?ちょ、コンラン!?驚かさないでよ!!」
「ごめんって。そう大声出すな。気づかれる」
「もうう。で、忘れ物って何よ?」
「物ってより、聞きたいことがあった。おまえ、カロル伯爵事件のこと知っているか?」
「カロル伯爵って、あの剣豪家系の?確か前当主が気が狂って自分の娘を襲ったという事件ですよね?幸いその場に門下の一人がいてご令嬢さんが助かったと聞いたけど、なぜかその事件の後、あの門下、ケイン子爵の次男のローカン・ケインが行方をくらませたと聞いた。ケイン子爵の現当主である彼のお兄さんは今も彼を探しているらしい」
「そうか。分かった。サンキューな」
「あの事件がどうしたの?コンランが貴族にまつわる事件に興味を持つなんて」
「いや、あのカロルのおっさんに昔、借りがあってな。ま、くたばってしまったらもういいや。そんじゃあな」
「変なコンラン」
そう言って今度こそコンランは帰って行った
「どこ行っちまったんだよ。ローカン」