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前編第一章 剣の芸人2(ショーナ視点)

私たちが10歳のときに、どこから来たか分からず、身なりも知られず、素顔も仮面で隠されて、それでいて愛想がよく誰に、誰とでも楽しく笑って笑わせて、いつの間にか貴族街でも下町でも歓迎されていた旅の芸人が王都に現れた。彼はさまざまの芸を用いたが、その中に特に目立ったのは剣を使う芸だった。王国では珍しい細い剣を使い、目の見えないほどの速さでものを切る芸は大人たちの関心を引き付け、その切断の精度で色々な形を作れる器用さは子供たちを魅せられた。剣の芸人。そう呼ばれていた。私もまた物珍しさで彼に見とれていた。コンランも例外ではなかった。ただ彼の関心は少しだけ違った。


その芸人はある日、下町の酒場に足を運んだ。もちろん、みんなは彼を歓迎して、彼を中心に人々が集まり、色々な話をしていた。外から来た人間にみんな興味が湧いた。私もコンランも横から話を聞いていたが、話が一段落して、コンランは前触れもなくその芸人に言った。


「なあ、オレに剣の扱い方を教えてくれねーか?」

「それは…戦うための剣ですか?」

「ああ」

「私の剣は芸の類ですよ」

「それでも、ただの見せ物じゃねえはずだ」

「ふむ。そうだとしても、なぜ私が君に剣を教えなければならない?」

「それは…」

「別に対価の話をしていない。しかし、君の動機ぐらい私には知る権利があると思うがね」

「…また出直すわ」


そう言ってコンランは酒場から出て行った。この話を後に聞いた宿酒場のおばあさんとコンランは言い合っていたとお神父さんから聞いた。そしてしばらく、コンランは下町に帰ってこなかった。みんなで探そうとお神父さんが提案したが、おばあさんがそれを止めた。


「どうせ街のどこかで油を売っているだけじゃ。放っといても腹が減ったら帰ってくるさ」


そうぶっきらぼうに言ったおばあさんの瞳は心配の気持ちでいっぱいで涙が溢れるそうなのが今も覚えている。育て親のおばあさんがそういったら、私たちも待つしかなかった。

するとその数日後、傷だらけのコンランが帰ってきた。例の芸人に負んぶされたコンランの姿はひどいものだった。私は誰よりも先に彼らのもとに走って行った。


「コンラン!!その怪我どうしたの!?あんた、今まで何してたのよ!?」

「いててて、そう大声で出さないでくれよ、ショーナ。傷に響くわ」

「ご、ごめん。でも、でも…」

「落ち着けって」


そういえば今までまだこの話をしていなかったがその時の私には傷を癒す不思議の力があった。その力は、そんな傷ついたコンランを見てから覚醒した。手当したくてもまともな薬がなく、焦った私はただ願った。そうしたら、なんと、私の手が光りだしてそして徐々にコンランの傷を癒した。


「え?え?」

「ショーナ、お前…」

「なにそれ!?お前がやったのかショーナ!?」


戸惑っていた私とコンランの横から他の下町の皆がその現象を見て私に問うた。しかし私は何かなんだか分からなくて、ただコンランの傷が治った事をうれしく思った。


「わ、分からない…でもよかった。コンラン、もう痛いところはない?」

「…ああ。サンキューな」

「すごいな。俺も今度仕事でどじっちまったらお願いできるか、ショーナちゃん?」

「また出来るかどうかわからないけど、もちろんいいよ!」


明らかに怪しい力だったのに、下町育ちのみんなはあまり深く考えをせずに生活に役立つだったらそれでよかった。当時の私もそうであって、今よりみんなの力になれるのが何よりもうれしかった。だからその力が私の人生を変えるきっかけになるとは微塵も思っていなかった。

そして、人ごみの中から、おばあさんが出てきた。


「バカなことやったからこうなったんじゃ。もう分かるだろう?」

「こんなんヘッチャラだっつーの」

「フン。ショーナちゃんがいなかったら命を落としたかもしれなかったのに。この子がどれほどアンタのことを心配していたか分からぬアンタじゃないだろうに。感謝の気持ちも忘れたか。このうつけが」

「おばあさん、それは…」

「だからこそ、なんだよ」


私の気持ちを白状しようとするおばあさんに私は慌てたが、コンランから、当時の私が聞いたことがない真剣な声で思わず息を呑んだ。気づくと、コンランは座りながらも姿勢を改めて、その目をまっすぐにおばあさんの目を見ていた。おばあさんはコンランの様子を見て、そして彼の隣の剣の芸人を見た。


「彼の動機を聞いた、いや違うな、見せてもらいました。そして、彼に剣を教えることを決めました。ですので、しばらく下町(ここ)に留まると思う」

「もう…好きにすりゃいいさ」


おばあさんはそれしか言わずにそのまま去っていった。コンランの手当てを終えて、彼の部屋に大人たちと運んでいったら、おばあさんは私に話しかけた。


「ショーナちゃん。ごめんね。あの子を止められなくて。あんたにはこれからつらい思いをさせることになるかもしれない。ごめんね」


突然謝ってくるおばあさんに私は面食らった。その謝罪は私に対する申し訳なさだけではなかったが、当時の私はなぜ謝られたすら理解できなかった。

その後、コンランは剣の芸人とほぼいつも行動することになり、私も下町の行事のときしか彼と会えなかった。修業が厳しいか、会うたびにコンランの身体はいつもボロボロだった。それでも彼は笑っていた。


「練習の手応えがあったってことだよ」

「わかったから。せめて傷を治させて」


彼はそう言って、一つ学んだことを私や他の子たちに見せてくれた。私に心配することすらさせてくれなかった。ただ一つ、癒しの力を自由に使えることになった私は彼の傷を癒すことができた。それだけが唯一、私にコンランのために出来ることだった。私のたった一つの取柄、私はそう思い込んでしまった。


コンランは剣の技だけじゃなく、芸もついでに学んでいたらしく、助手として剣の芸人の仕事も手伝っていた。その時はコンランは仮面をつけていて芸名で通っていた。下町の人たち以外に彼の正体を知るものはいなかった。そのお金でコンランはいつも下町のために使っていた。が、何の意地を張っているか分からなかったが、自分からではなく教会(うち)を通して。



「オレだけ金もって下町が貧しにいくままにしちゃー意味ねーだろ。生活し辛いままじゃねーか。だからその金で下町を生活しやすくしてくれよ。下町がオレの家でもあるんだからさ」


彼の言葉に、私は嬉しかった。下町を自分の家だと言ってくれた。つまりここから離れることはないと当時の私は思った。


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