前編第一章 剣の芸人(ショーナ視点)
私は赤ん坊のときに下町にある小さな教会に拾ってもらった。あそこの神父様に育てられ、下町の一員として生活していた。その時は貴族と平民、特に下町育ちの差別が激しかった。華やかな貴族街とは反対に下町は薄暗かった。その薄暗い場所で生活している民たちを、貴族たちは見下して、軽蔑していた。普段はいないものとして扱いされているのに、中央街で居合わせば理不尽な侮辱にあわされる。そんな貴族を下町の人々は嫌いだった。ですが、力がない故に、何もできなかった。
私も、小さいころ中央街に行ったときに、お神父さんとはぐれてしまって貴族に絡まれたことがあった。その時に私は彼と出会った。その出来事を今もよく覚えている。大の大人に絡まれ怯えていたいた私を見て愉しんでいるようなその貴族の男が、頭の後部に飛んだ小石が当たって「へぶっ!」って変な声を出した。その後ろに男の子が「おまえ、何やってんだよ!おい!」と叫んでいた。貴族の男が苛立って振り向いて私から離れた。その時はようやく息ができると思ってホッとした。その間に、貴族の男が後ろに叫んでいた男の子に近づいていた。
「あ、貴族様!あっちです!さっき汚い男が石を投げたの見ました!あいつはあっちの方に逃げました!」
「なんだとう!!許さん!おい!おまえらついて来い!!その下民を追うぞ!」
その貴族は通りすがりの巡回の騎士に呼びかけ、無理やり連れて行った。それを見送った後、男の子は、「なんてね」べーと舌を出しながら笑っていた。石を投げたのは当然その男の子で、ばれないようにすぐに犯人を見たかのように演技してその貴族に嘘をついた。今思えば大人に平然で嘘つけるなんてとんだ図太い子供だったね。ただ、当時はこの急展開についていけなくて、私はずっとその男の子をただ見つめていた。
「大丈夫か?おまえ」
「う、うん。ありが、とう…?」
「おまえは確か教会のじーさんとこの娘さんだよな。オレ、下町の宿酒場で厄介になってるコンランだが、わかるか?」
「そういえば、見たことあるような…」
「こんなところで一人何やってんだ?もしかして迷子?」
はっきり言われて恥ずかしくなって顔を赤らめながら俯いた。
「しょーがねえな。家まで案内するからしっかりついて来いよ」
「あ、うん!」
そんな私を呆れながらも、コンランは前に歩きだして送ってくれると言った。私はその背中を必死に追いついていた。
「おまえ、賢い子だって聞いたが、まぬけなところもあるんだな。ま、子供だから当然か」
「…おまえじゃない。私はショーナ」
「やっと目を見て何を言い出すかと思えば…そうかそうか。わかったよ。迷子のショーナ」
「うぅ…コンランだって子供なのに…」
悔しがる私を見てコンランは何が面白いのかゲラゲラと笑っていた。下町にたどり着いたら、お神父さんがちょうど下町のみんなに私を探すの手伝いを願っていたところだった。私はお神父さんに抱かれて、みんなに暖かく迎えられた。そのよそにコンランは宿酒場のおばあさんに頭が叩かれこっ酷く叱られた。
「いってー!何すんだ!?ババア!」
「あんたかい!?ショーナちゃんを連れ回したのは!?」
「ちげーよ!街を散歩してたらこいつが迷子になってたのを見かけただけだつーの!」
コンランは私が貴族に絡まれたことを省いてくれた。確かにそれを言うとみんな余計に焦ってしまうだろう。毎度のことながら、そこまで配慮できるとはたいした子供だよ。
それがコンラン。子供のころからいつも余裕ぶって、意地悪な性格で、それでいておせっかいで理不尽なことを許せない、下町のことを愛していた男。私同様、コンランは下町に捨てられた子供で、旦那さんを失ったばっかりの宿酒場のおばあさんが赤ん坊のコンランを拾って育てた。宿酒場の方は息子さん夫婦が中心に回っていて、おばあさんはそのころからコンランを育てるのに専念していた。そんなコンランは、宿酒場の仕事はあまり手伝いをせず、代わりにいつも下町の住民たちの為に何かをやっていた。彼はよく街をフラフラと回って、下町の人々と触れ合い、街の雰囲気に馴染み込み、その度に理不尽な振る舞いをやっている貴族を悪戯し逃げ回り、いつしか中央街や下町が彼の庭になっていた。下町の子供たちはそんな彼を憧れを抱き、大人たちは彼を頼りにしていた。彼の無茶を叱れるのはおばあさんとお神父さんだけだった。私はそんなコンランを心配しながらずっと見ていただけだった。
最初は、理不尽を許せない正義感があっても、どれだけ図太くても、下町に生活している以上コンランは嫌がらせ程度しかやっていなかった。彼も馬鹿ではなかった。自分に力がないと分かって、無茶はしても決して無理はしない。それだけが私にとっての救いで、彼がいつも下町で私の傍にいさせるものだった。ですが、変化とは唐突に訪れるものだ。