40 兄弟の密談(2)
「兄上のご見解をお聞かせください」
レオンハルトは兄に教えを乞うた。
「しかしその前に、どうか窓から離れてください」
弟レオンハルトの緊迫した物言いに、窓枠に背をもたれかけていたジークフリートはその身を起こした。
兄の細くまっすぐな淡い金の髪がさらりと揺れる。
窓から差し込むやわらかな光が、兄が動くのにしたがって、その輪郭を描いた。
「窓ぎわにいらっしゃるのでは、恰好の的です。兄上のことですから、さまざまな防御はあらかじめなされているかと存じますが、しかし兄上の御身になにかあっては大事です」
「窓に近いほうが、彼らの動向をつかみやすいのだ」
ジークフリートはそうつぶやいたかと思うと、笑い出した。
「はは。いや、これではまるで失態の認められぬ愚か者の言い訳だな。これはいい。おまえに忠告をもらえるとは」
「恐れ多いことを――」
「なにを言う」
弟の謝罪を否定し、ジークフリートは機嫌よく続けた。
「さきの戦はたしかに、おまえを成長させたようだ」
窓枠から飛び降り、ジークフリートは弟と向かい合わせの長椅子に戻った。
「陛下から青い血を継ぎ、元来の魔力が高まったようだ。特別に手数が増えたというのではないのだが――いや、すこしばかり工夫ができるようになってな」
ジークフリートは彼と同じ色の弟の瞳をのぞきこみ、打ち明けた。
「さきほどより、ルードルフとハンス、フィーリプの三人それぞれを見ていた」
兄の口ぶりは、レオンハルトを指導すべき弟としてではなく、まるで対等な相談相手と見なしているかのようだった。
レオンハルトは内心驚いて、兄の言葉に耳を傾けた。
「だがしかし、意識の細分化をさらに三つ進めるというのは、ことのほか精神力がいるようだ」
ジークフリートは長椅子の背もたれへと、右腕を回した。
よく見れば、ジークフリートの額には脂汗までもがにじんでいた。
「目下のところ、監視対象はルードルフひとりでよろしいのではないでしょうか」
レオンハルトは差し出がましいことを承知で、だが辛抱たまらず、疲労しきった様子の兄に具申した。
「彼らが計画を為すとすれば、必ずルードルフが先頭に立ち、動くでしょう」
「そうとも言いきれんが――まあ、そうだな」
ジークフリートは目を細めて弟にうなずいた。
「可能であれば、カトリーヌ妃も含め、全員の動向を見ていたかったのだが、欲はかくまい」
気だるげな様子でジークフリートは腕を振り上げた。
発現の儀で目の当たりにしたばかりの、青白い光が彼の指先から心臓へと巡っていき、最後には花火が夜空で強く大きく輝くように弾けた。
「さて、その彼らだが。彼らの扱いについて話をする前に、側妃制度に対する私の考えを言おう」
ジークフリートの瞳の中で、彼の固有魔法の残滓である青い炎が揺らめいた。
同時に彼のまなざしには、温かさも宿っているように見えた。
彼の持つ愛すべき兄らしさが、いくらか戻ってきたのだと、弟を喜ばせるような。
「側妃制度は、陛下の治世において、最たる失策だろうと考えている。私が即位次第、すみやかに撤廃する」
ジークフリートは、きっぱりと断言した。と思われてすぐに、彼はにやりと口の端をあげた。
「――つもりでいたのだが」
なにがおかしいのか、ジークフリートはくつくつと笑った。
「ミュスカデがおもしろいことを言った。おまえにも話してやろう」
「メロヴィング公爵令嬢がなにか、ご冗談を言われたのですか?」
レオンハルトは義姉になる予定の令嬢について思い返し、不審そうに兄にたずねた。
かの令嬢が機知に富むことはレオンハルトも知っているが、軽口をきくような性質には思われなかった。
これほどまで兄が気に入るような冗談とは、いったいなんだろうか。
兄と令嬢との間でだけ通じる、秘密めいた惚気話を聞かされるのだろうか。
「冗談か。そうだな」
ジークフリートはうなずき、おどけるように肩をすくめた。
「初めて彼女からその話を聞いたときには、私も珍しく彼女が冗談を口にしたのかと思ったものだ。なぜなら、私は少なからず傷ついたからな」
「傷ついた?」
「ああ。ミュスカデが言うには、側妃制度はそのまま継続させてはどうかと」
「なぜメロヴィング公爵令嬢はそのようなことを」
レオンハルトは困惑した。
王太子ジークフリートとミュスカデ公女の強い絆について、王宮で知らぬ者はいない。
それだけでなくレオンハルトは弟として、兄が婚約者を慈しみ、誠実に接する姿を身近に見てきた。
そして婚約者であるミュスカデ公女もまた、兄へと献身を捧げているように、レオンハルトには思われた。
ジークフリートとミュスカデ。
政治的に意義深い婚約者二人。
心身ともに健全で聡明な、美しい男女。
理想の名家同士であると同時に、理想の恋人同士であると、誰もがあこがれ、うらやんだ。
ひとびとが王室へ忠誠を捧げ、国家の発展へ終わりのない輝かしい希望を描くため。
次代の王ジークフリートと次代の王妃ミュスカデは、まさしく国家の象徴となるにふさわしい二人だった。
そのはずだ。
「即位した私が、外交上、縁を結ぶことで有利となる国の王女を娶れば、慣習を破ることにより、諸侯の反発はまぬがれない。なかでも七忠においては、言うまでもないな」
「いったい、どういうことですか!」
レオンハルトはあまりのことに、大声で叫んだ。
ジークフリートは片方の眉をあげ、驚愕する弟を見た。
「さきにも言ったが、私ではなくミュスカデの案だ」
ジークフリートの口ぶりは、言い訳をとりつくろうというのより、ふてくされていると表現するほうが近い。
「メロヴィング公爵令嬢は、なぜ、そのような」
レオンハルトは二の句が継げなかった。
ジークフリートは首を振った。
彼の淡い金の髪がさらさらとなびいた。
「――他国の姫を娶れば、諸侯の背反の可能性がある」
ジークフリートは彼の婚約者による奇想天外な提案の、その動機について説明するのを先送りした。
「ならばそれを回避するために、いずれかの諸侯の娘も依然として娶る必要があり、つまり側妃制度の維持が不可欠である、ということだ」
ジークフリートの額から、脂汗はとうに引いていた。
しかし彼の横顔には寂寥を感じさせた。
レオンハルトは、さきほど兄が「少なからず傷ついた」と発言したことに思い至った。




