38 発現の儀(2)
発現の儀を執りしきる役目のアングレーム伯爵が、整然と列をなす宮廷人の間から前に進み出た。
伯爵はヨーハン王とその息子ジークフリートの間へ割り込むと、王に向かって膝をついた。そして四隅に金の房飾りのついたビロード張りのクッションを、王へと差し出した。
青い輝きを放つ、なめらかで美しいビロードクッションの上には、かつて建国王が用いたという聖剣が載せられていた。
ヨーハン王が聖剣をつかみ取る。
息子ジークフリートは膝をついたままの格好で腕をのばし、父王に手のひらを広げて示した。
父王は息子の広げられた手のひらを見て、眉をひそめた。渋るように聖剣をもてあそぶ。
だが諦めたのか、父王はため息を漏らした。
華やかな装飾のひとつもない素朴な鞘から、聖剣が引き抜かれる。
古い聖剣に、錆や刃こぼれは見当たらない。
ステンドグラスから差し込む光を反射し、刀身がぎらりと光った。
「ゆくぞ、息子よ」
そう言うやいなや、父王は息子の手のひらを聖剣で傷つけた。
とたんにジークフリートの手のひらから、青くまばゆい光がほとばしる。
輝きの源は彼の手から流れる血だった。
儀式を見守るひとびとの顔が、輝く青い光によって照らし出された。
驚愕に目を大きく見開く者。
感動や恍惚に浸る者。
愉快そうに、あるいは満足そうに口の端をつり上げる者。
無関心と無感情を装う者。
退屈を隠さぬ者。
「たしかに発現したぞ」
ヨーハン王はひとびとの顔を見渡した。
「皆が証人である。よいな」
ヨーハン王が参列者のひとりひとりと目を合わせていく。
「新たなる守護神ジークフリート殿下、万歳!」
歓迎の祝辞を口にし、膝をついて頭を下げるひとびと。
彼らが息子ジークフリートの青い血発現を了承したかどうか、父王ヨーハンは順々に確認していった。
最後の一人までが異口同音に、うやうやしく頭を垂れた。
ヨーハン王がアングレーム伯爵へと目配せをする。
伯爵はふたたび前に進み出て、ジークフリートの傷ついた手のひらに白い布を巻きつけた。
「それでは余の番か」
うんざりした口ぶりでヨーハン王は言った。
「刃傷沙汰が秘蹟とは、まったく野蛮なことよ」
ヨーハン王の愚痴を機に、大聖堂内の緊迫感は霧散した。
「陛下は剣戟の類がお嫌いだからな」
オルレアン侯爵が朗らかな笑い声をあげた。
「陛下は昔から、男のくせ、武力を厭う軟弱なところがあったのう」
ガスコーニュ侯爵がからかった。
幼馴染みの気安さによるのか、臣下とは思えぬ口ぶりだ。
「しかし陛下よ。お優しいのもよいが、過ぎればあなどられるぞ」
ふざけたそぶりから一転、ガスコーニュ侯爵は気づかわしげに言った。
「余をあなどっているのは、馬。おまえだ」
ヨーハン王は興醒めた様子でため息まじりに言った。
発現の儀を執りしきるアングレーム伯爵は、このような幼馴染み同士のおふざけに眉をひそめた。
おごそかなるべき儀礼の場に、ふさわしくない。
アングレーム伯爵は嫌悪した。
だがしかし、王とその友との言動に不快感を抱いたのは、敬虔なアングレーム伯爵だけではなかった。
「ヨーハンが優しいだと……」
側妃カトリーヌの息子、第三王子ハンスがうなった。
「落ち着け、ハンス」
第二王子ルードルフが同腹の弟ハンスの耳元でささやく。
「お優しいだろうが。妾腹の私生児に過ぎぬおまえ達に、王族のひとりとして継承権までも陛下は認めてくださったのだぞ」
エヴルー伯爵が兄弟のひそひそ話に割って入った。
七忠の中では、怯懦の豚と仲間内から揶揄されることもあるエヴルー伯爵。
彼はそれに対し、「侮辱許すべからず」と、己の矜持をかけて立ち向かうことはない。
毅然とした姿勢からは遠く、へらへらと愛想笑いで追従するのが、彼の常だ。
だが、今は。
「おまえ達の母カトリーヌなど、愛妾の身に過ぎぬものを。いつのまにやら側妃などという、これまでにない新たな身分まで作り出し、妃へと出世した」
側妃カトリーヌとその息子三人、ルードルフ、ハンス、フィーリプを見るエヴルー伯爵のまなざしは、冷たい。
豚のような、と称される彼の小さな丸い目が蔑みで細められた。
「売女めが」
震えるカトリーヌを睨めつけ、エヴルー伯爵は吐き捨てた。
「我ら七忠に反目する、あの愚かな下等官吏らにでも媚を売り、取り入り。うまくやったのだろう。
まさに売女にしか、なしえない業だ。陛下の御心が、よもやおまえのもとにあるとでも?」
カトリーヌは狂ったような悲鳴を上げた。
すかさず第二王子ルードルフが母カトリーヌの肩を抱く。
第三王子ハンスと第四王子フィーリプが、母カトリーヌと同腹の兄ルードルフの前に立つ。
第三王子ハンスがなにか口を開こうとするたび、その弟フィーリプが「兄上!」と小声でたしなめる。
三兄弟はそろって、エヴルー伯爵へ憎悪に燃えるまなざしを向けた。
「本来ならば、おまえ達がこのような場に参列できるはずもないのだ。寛大なる陛下の御慈悲に感謝こそすれ、な、な、な、なじるなど!」
激昂にエヴルー伯爵は、言葉を詰まらせた。
エヴルー伯爵は自らを落ち着かせるために、胸に手を当て深く息を吸った。
それからゆっくりと息を吐き出し、彼は言った。
「おまえ達は、偉大なる建国王に対してさえ、勝敗をすっかり見定めた後にすり寄った、卑しい血筋の出だ。恩義も忠義もわきまえぬ。
下賤なる血脈の者どもは、これだから!」
エヴルー伯爵に同調する者はいなかった。
しかし、哀れなカトリーヌら母子をかばう声もまた、とうとう上がらなかった。
彼らとは異腹の兄であるジークフリートが、父王ヨーハンの手のひらを聖剣で切りつけ、父王の手から滲む血が鮮やかな赤色であることを皆が確認し、発現の儀は終わった。




