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8 悲劇は喜劇




「えっ。なに、今の」

 レオンは混乱した。


 何やら今しがた、壮大な恋愛劇場が脳裏をかけめぐった気がする。自己陶酔型の痛々しいものが。

 なにかこう、視野狭窄(しやきょうさく)にもほどがあるよね。と、そっと目をそらしたくなるような。


 圧倒的な情報量。


 未知の世界に、脳みそをドボンと漬け込まれてジャブジャブ揺すられたレオン。

 額に手を当て、(ろう)のように真っ白になった顔で項垂れる。

 吐きそうだ。

 こめかみに鋭い痛み、頭部全体には鈍い痛み。ぐらぐらとこころもとなく、足元もおぼつかない。


 レオンが頼りなく上半身を(かし)ぐと、女の白く細い指が、レオンの頬から離れた。


 目の前の女は、レオンの脳内で繰り広げられた、劇場型ヒロインの姿にとてもよく似ている。

 あの(かん)にさわる感じの、小生意気な少女。

 いくつか年を重ねて大人になった姿が、目の前の女だ。と言われれば、さもありなん、と納得する。



「どこまで見えたのかしら?」

 不安そうにナタリーの黒い瞳が揺れる。


 しかし高揚は隠しきれていない。ナタリーは頬を薔薇色に染めていた。


 その姿を見たレオンは、なぜか嫌悪感がこみ上げた。

「どこまでって……」


「あなたの前世を見せたのだけど、あなたが思い出したのはどんなこと?」

 前のめりぎみに、ナタリーがレオンにたずねる。



 レオンは気分が悪くなった。

 前世? 

 もしかして、あの自己陶酔型猪突猛進、思い込み激しい系恋愛至上主義男のことだろうか。



「僕の前世ってどういうことですか?」



 頭が痛い。答えを聞きたくない。


 けれど確認しないことには、この身元不明の怪しい女は話を終わらせてくれそうにない。

 さらに、この家を出て行ってくれそうにもない。



「あら……。まだそこからなのね」

 女が目をまたたく。

「ええと、あなたが見た景色はどんなものだった?」


「男と女が愁嘆場(しゅうたんば)を演じていました」

 レオンは机に肘をつき、額に手を当てて答えた。

 細く長く、息を吐く。



「愁嘆場……は割と多くあったから」

 ナタリーは首をかしげた。

「それだけじゃ、いつのことかわからないわね」


「多かったんですか」

 ばかばかしい、とレオンは思った。


 今見たような喜劇を繰り返していたのか。

 国を背負うべき人間が二人揃って、悲劇に酔って嘆いているばかりだという。


 昔からこの国の上層部はどうしようもなかったようだ。


 女が「ええ。それなりに」と頷いて、レオンの目を見る。

 続きをうながされているようだ。



「……二人とも年の頃は十四、五歳といったところでしょうか。少年が王になると宣言して、少女が愛の告白をしていました。――いえ、もしかして愛の告白もよくあったんでしょうか。となると、場所ですね。

 先ほど見た場面の舞台はおそらく王宮で、その庭園。王宮なんて足を踏み入れたことはないですから、違うかもしれませんが。煌びやかな宮殿があり、薔薇が咲いていました。少女が少年を探す場面から始まって……ああそういえば、少年は獅子から変化していました」



 レオンはズキズキと痛むこめかみを親指で押し、一息に吐き出した。



「いつのことだかわかったわ」

 満足げにナタリーがうなずく。



「そうですか。それはよかった」

 レオンは素っ気なく言い放った。



「まったく心がこもってないわね」

 女が肉感的な唇に人差し指を置き、細い眉をひそめる。

「まあいいわ。とにかくあなたが見たのは、その場面だけということでよろしいかしら」


「そうですね。少女が愛を告白して終わりました」


「そう」

 女は小さく頷くと微笑んだ。


 紅い唇は弓なりに弧を描いているが、目は真っすぐ力強くレオンに向けられている。



「見せたのは前世だと言ったでしょう」


「……はい」



 薄々予測はついているが、レオンは聞きたくなかった。

 ますます気分が悪くなってくる。



「獅子から変化した少年があなたの前世」

 逃げ出したいレオンをしり目に、ナタリーはきっぱりと言った。

「第十一代フランクベルト王レオンハルト二世よ」



 ──やっぱり。


 レオンは嘆息した。

「それで、相手の少女があなたの前世ということでしょうか」


「少し違うわね。あなたが見たその『少女』はあたしよ。前世じゃない」


「は?」

 レオンは目を丸くした。


 レオンは平民だが、簡単な国の歴史は学んだ。

 貴族子息のように、身元確かで教養高い家庭教師についたわけではないので、認識に齟齬が生じているだろうことは認める。

 しかし正式に国の認可が下りている歴史書の年表に誤りはないだろう。

 第十一代国王陛下の治世は、今から約百五十年前。


 レオンはしらけた。


 そもそもレオンに前世があるという前提からして眉唾だ。

 そこにきてレオンがこの国の約百五十年前の国王だったと女は言う。

 女はその王の愛人で、なおかつ今も目の前で生きている。若い姿のままで。


 茶番だ。



「あなたは百五十年前の人間で、つまり不老不死か何かってことですか」

 もはやどうでもよくなって、レオンはぞんざいに片手をあおった。



「信じていないのね」


「素直に信じられる方がよっぽど酔狂だと思いますけどね」


「そうかしら」

 女が笑みを深める。


 女の自信の揺るがない様にレオンは片眉を上げる。



「あなた、あたしが魔力を注ぐ前に、あたしの名前を呼んだわ」

 女は眦を細め、頬を染めた。

「ナタリーって」




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― 新着の感想 ―
「男と女が愁嘆場」にうんざりしている感じのレオン。 ナタリーの話を信じないレオン。 反応がリアルですね(笑)
[良い点] え、転生してない? ナタリーの秘密が気になります。面白いです! このあたり、コメディタッチなところもあって時々クスっと笑ってしまいましたが、前世の部分は切ないですね(しかもモフモフつき!)…
[良い点] >自己陶酔型猪突猛進、思い込み激しい系恋愛至上主義男 笑ꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*) いや、切り取った部分だけね。 ナタリーが見せたとこだからね。 実際の君はむしろ「ああいう男」を演じてる感あった…
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