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16 あざやかな幻




 会議室の舵取りは、中央評議会の決議へ向かっていた。

 だがそこへ、ガスコーニュ侯爵が不満を唱えた。そのうえ、めずらしくアングレーム伯爵がガスコーニュ侯爵に追従(ついじゅう)した。


 クロヴィスとミュスカデの兄妹が見せられているのは、そのような光景だった。







「第五王子殿下が王位につけば、この国から魔法が失われると、アタシは何度も申し上げてきましたでしょう」

 ヴリリエール公爵が言った。

 俄然はりきりだしたガスコーニュ侯爵への牽制だった。


 ヴリリエール公爵は眉尻を下げた。

 ガスコーニュ侯爵へ向ける、その慈愛にも似たまなざしは、物分かりの悪い幼子を相手にしているかのようだった。


 当然それは、火に油を注ぐのと同義だった。


 ガスコーニュ侯爵はぎょろぎょろとした目玉でヴリリエール公爵を睨みつけた。

 彼のおそろしげな顔貌に凄みが増し、それを目の当たりにしたエヴルー伯爵が「ヒッ」と小さく息を呑んだ。



「それは貴公の白昼夢に過ぎぬのではないか?」

 そう吐き捨ててから、ガスコーニュ侯爵は鼻で笑った。

「夢占いなど、道理を知らぬ乙女でもなし。我には信じられぬのう」



 ガスコーニュ侯爵のだみ声が腹から張られる。

 彼の(あざけ)りは、ラッパのように響いた。

 二人のやり取りをそばで見ていたエヴルー伯爵が、ガスコーニュ侯爵の威喝に(おのの)いた。


 だが、彼が本来おどしてみせたかっただろう相手には、なんの効果ももたらさなかった。



「我が一族魔法を愚弄なさるとは」

 ヴリリエール公爵は筋ばかりで乾ききった細い指を、くちびるに押し当てた。

 地と水平にのばした指を軽くはむ。


「ふん」

 ヴリリエール公爵は、鼻から息を吐いた。


 彼は何かを払いおとすような素振りで、口元にやっていた手をおろした。

 ガスコーニュ侯爵を一瞥(いちべつ)し、しみじみと頷く。



「荒野を駆け回るしか能のない駄馬が、ずいぶんとえらくなったものですねぇ」


「なんだと!」

 ガスコーニュ侯爵は拳をテーブルに叩きつけ、勢いよく立ち上がった。


 椅子の脚ががたりと音を立てる。彼の首にぶら下がった、太く編まれた黄銅の鎖がじゃらじゃらと鳴った。



「まあ、落ち着きなさい」

 ヴリリエール公爵がたしなめる。


 ガスコーニュ侯爵の顔は、憤怒で赤黒く染まっていた。



「では問いましょう」

 ヴリリエール公爵は目を糸のように細めた。

「第五王子殿下に治世をなさる能がございますか? 彼では国を治められませんよ」


「それには私も同意するなぁ。レオンハルト殿に、王の器は少しも感じられない」

 オルレアン侯爵が口を挟む。



「そっ、それにですよ!」

 外野を決め込んでいたエヴルー伯爵がピンク色の頬で参戦した。


 思いもよらぬ飛び入り参加者に衆目が(つど)った。


 一身に注目を浴び、エヴルー伯爵はひるんだ。

 だが一方で、彼はまんざらでもないようだった。

 たぷたぷと揺れる顎を突き上げ、神経質そうな笑みを口元に浮かべた。



「レオンハルト王子殿下は固有魔法を発現させましたが、彼の固有魔法は変化(へんげ)ではございませんでした!」

 うわずった声でエヴルー伯爵は続けた。

「ご生誕時を除いて、我々は彼に獅子を感じましたか? いかがでしょうか?」



 エヴルー伯爵は肉に埋もれた小さな目で、ガスコーニュ侯爵を見た。

 まぶたの端はぴくぴくと哀れに痙攣(けいれん)していたが、彼は目をそらさなかった。


 ガスコーニュ侯爵とエヴルー伯爵の間に、目に見えないロープが張られているかのようであった。

 そのロープはぴんと張り、彼らの力がどちらかに傾くのか、一瞬のうちに事態が一転する予感を周囲に与えた。

 二人は睨み合い、はたしてどちらが先に白旗をあげるのか、諸侯は興味深く眺めた。


 そしてまた、幻の外側に立つクロヴィスとミュスカデの二人も、幻の内側にある参議らと同様であった。

 この緊迫したやり取りを、兄妹は固唾を飲んで見守っていた。


 メロヴィング家直系の二人は、すでに理解していた。


 彼らが見つめる幻は、王宮にて事実展開された演目であったのだと。

 彼らの父、メロヴィング公爵が上級顧問として参議した中央評議会の様子こそ、まさにこの幻であるのだと。


 浮かび上がる幻はあざやかに、めくるめく舞台を映し出し、クロヴィスとミュスカデの二人を取り囲む。

 それは彼らを巻き込み、決して逃れられぬ、巨大な運命のるつぼを示しているかのようであった。




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― 新着の感想 ―
ジークフリートはいったどういった思惑で、これを。 動き出していますね。
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