12 参議諸侯の本題
「ええ、本題へ戻りましょう。トライデント制圧の功労。そちらでしたねぇ」
ヴリリエール公爵は口の端を吊り上げ、メロヴィング公爵へと頷いた。
「陛下の偉大なるご差配があらばこそ。さよう。その通りにございますが。宰相を務めるメロヴィング公はもちろん、ご存知でしょうねぇ」
ヴリリエール公爵がちらりと王を見やると、王は片方の眉をあげた。
また何を言い出すのかと愉快がっているのか、王はヴリリエール公爵の不遜な言い回しを咎めず、「続けろ」と顎をつきあげた。
「陛下が第五王子殿下の前途を辺境伯に任せるご決意を固められたのは、はて。どなた様がご尽力なさったからでしたでしょう」
ヴリリエール公爵は、王の一段下に立つジークフリートへと熱のこもったまなざしを送りながらたずねた。
「余が決めたのだ」
王は不機嫌に言った。
「ええ、ええ。そうでしょうとも。陛下がご決断なさいましたよ。陛下のご差配に他なりません。第五王子殿下の辺境伯領へのご遊学については、即日にご許可なさいましたしね」
ヴリリエール公爵はしたり顔で、もっともだと同意した。
「おや。しかしご婚約については、ご決断なさるまで、陛下は長く反対なさっておられましたねぇ」
「忌々しい口を閉じよ! 毒蛇め!」
王が大声で怒鳴った。
もじゃもじゃと縮れた黄金の髪や髭の隙間から、赤黒い王の顔がのぞいていた。
いやらしく細められた蛇の目を怒れる獅子の目で見返し、王は立ち上がった。
怒りにふくれあがった王の巨体は、黄金のマントに包まれているために、威嚇に立ち上がる獅子のようであった。
「レオンハルトの名をおまえはいまだ根に持つが、あれは余の息子だ! まぎれもなく獅子の子よ! もっとも青き、始祖たる獅子の血を引いておる!」
獅子の咆哮が会議室の壁という壁を反響し、とどろいた。
王の怒声が室内から去った後。おとずれた静寂は、ひとびとに緊張を促した。
誰かがごくりとつばを飲み込む音さえも、その場にいる者たちの耳に届いた。
「承知しておりますよ」
ほっと息を吐いてから、ヴリリエール公爵は言った。
「しかしながら、第五王子殿下に青い血が発現するまえに、ジークフリート殿下の立太子と発現の儀を即刻、執り行わねば」
「発現の儀は本来、戴冠の儀の直前に為すものだ」
王がうなれば、ヴリリエール公爵が「陛下」と呼びかけ、たしなめた。
王は鼻息荒く、椅子に腰をおろした。黒貂の艶のある豊かな毛の中へと、王の縮れ毛が埋まった。
いらいらと口髭をたばねてさすったり、マントをひるがえしたりしながら、王はようやく渋々といった様子で「そうかもしれない」と言った。
うなり声とともにひねり出された声色は、いかにも苦々しいようだった。
「あれを辺境伯の婿とすることを、許してしまったからな」
後悔のにじむ未練たらしい口ぶりで、王は言った。
「鷲までが蛇に賛同するとは、ついぞ思わなかったぞ」
王はメロヴィング公爵をうらめしそうに睨んだ。
「鷲よ。おまえがまさか、王の義父となることを狙っていたとはな」
嘲りの鋭く短い息を王が吐く。
「宰相の上に関白執政をも望むか。高等法院に最高評定院まで擁しながら、おまえの野心には際限がないな」
そう言い捨てると、王は眉尻を下げ、慈愛を込めてリシュリュー侯爵を見た。
「反して、蝶のなんと無害なことよ」
王の恨み節にリシュリュー侯爵は美しい微笑みで同情を返した。
「法院長は我がメロヴィング家の世襲ですので」
メロヴィング公爵はすまし顔で言った。
「しかしながらジークフリート殿下が戴冠なされば、義父関白は不要にございましょう。宰相職とてあるべき家に戻りましょう。そうなれば私はリシュリュー侯をならって家業に励み、悠々自適に罪人の首を刎ねられますな」
これまではヴリリエール家がほとんど世襲といってよいほどに務めてきた宰相職。
先王が当時の宰相を始め、官職らとともに急逝し、現王が急遽即位することとなった折、宰相職をメロヴィング公爵に頼み込んだのは王だった。
ヴリリエール家とメロヴィング家の確執をいたずらに煽ると、再三にわたって断られたにも関わらず、無理を通したのは王であった。
メロヴィング公爵に過去を言外に指摘され、王は顔を赤らめた。
「親切ぶった委譲は結構ですよ」
一方でヴリリエール公爵は、憎々しげにメロヴィング公爵へと吐き捨てた。
「メロヴィング公に使い古しのおさがりを譲っていただかずとも、アタシには我がヴリリエール家の予見と導きがありますからね」
「ふん。その予見とやらは、レオンハルト殿下が生まれ出た姿を否定するほど、ごたいそうなものかのう」
ガスコーニュ侯爵はだみ声を低くさせ、疑念表明をわりこませた。
「アングレーム伯、蛙伯。貴公こそ、よく知っておろう。貴公はレオンハルト殿下のご生誕に立ち会っておるのだからな」
ガスコーニュ侯爵は太い腕を乱暴に振り上げて漆黒のウールのマントを払うと、その手をアングレーム伯爵へと広げた。
「いかにも、私はたしかにこの目で奇跡に立ち会いました」
アングレーム伯爵は白い細面を神経質そうにぴくりとさせた。
「国王陛下に忠誠を誓う七忠が一として。そして子宝と豊穣に祈りを捧げるアングレームの人間として、たいへんな名誉でしたから、忘れることなどできません」
静かな声色ながら、アングレーム伯爵の口ぶりは興奮を隠しきれず、じょじょに早くなっていった。
「レオンハルト殿下は人ではなく、仔獅子のお姿でお生まれになりました。生まれたてのレオンハルト殿下の身体中が、輝かしい黄金の毛で包まれておられました。これまでにないことです」
満足そうに頷く王のすぐそばで、ジークフリートが姿勢を崩さずに立っていた。アングレーム伯爵をじっと見つめていた。
アングレーム伯爵はジークフリートから注がれるまなざしをいったん受け止めてから、居心地の悪そうに視線をそらした。
彼は純白のローブの下でもぞもぞとやり、小さく咳払いをして喉の調子を整えた。
「すくなくとも、建国より我がアングレーム家に残された文献において、そのような記録は他にございません」
アングレーム伯爵はきっぱりと言い切った。
「よくぞ言った! 蛙よ!」
ガスコーニュ侯爵が冷やかしの口笛を吹いた。
「この国のほとんど誰もが知らぬ。だがしかし、この場にいる誰もが知る」
会議室をぐるりと一周見渡し、ガスコーニュ侯爵はひとりひとりの顔つきを確認していった。
満足げに頷く者。いかにも不満げに顔を歪める者。愉快そうに好奇心を隠さぬ者。緊張し、こわばった者。なにごともなく平坦に、顔色を変えぬ者。気まずげに視線をそらす者。
ガスコーニュ侯爵は腹から張っただみ声で続けた。
「我らが国に青き血を授けられた健国王こそ、偉大なる獅子王。初代フランクベルト王、レオンハルト陛下であられたな」