20 朝食への招待
舌戦を繰り広げるリナと少年の頭上に、影がかかった。
リナは後ろへ振り返り、少年はリナの肩越しに。
そうして二人が振り仰いでみれば、扉の向こう。
眉尻を下げ、穏やかに微笑むレオン。
からかうようにニヤニヤ笑いを浮かべるナタリー。
それから、レオンとナタリーの少し後ろで、むっつりといかにも不機嫌そうなジャックが、リナと少年を眺めていた。
「そろそろ朝食にしよう、リナ」
レオンが少年に手を差し出す。
「君も一緒にどうだい」
リナとの小競り合いを見とがめられ、バツが悪そうだった少年は、レオンの言葉に顔を輝かせる。
「はい! よろしくお願いします! レオン先生!」
すぐさま飛びついた少年に、ナタリーが「あら」と不満の声をあげた。
「朝食をつくったのは、あたしよ」
少年は思わず「うげっ」と漏らした。
ナタリーの目がつりあがる。
ジャックはナタリーをちらりと見やってから、そのわきをすり抜け、少年のそばへ寄った。
レオンと握手する姿勢をとっていた少年。その背をジャックがぽんとたたく。
「大丈夫。ナタリーの料理は、そんなに悪くない」
「ほんとかよ?」
疑り深くジャックに問いかける少年。
ナタリーは「イヤなら食べなくてよろしい!」と肩を怒らせ、足音も荒々しく、小屋の中へと戻っていった。
ナタリーの背中を見送ったリナも、ジャックに続いて少年の背をたたいた。
「今朝はディルの入っていないスクランブル・エッグだったはずよ」
「俺、ディル嫌いじゃねぇけど」
首をかしげる少年に、リナは思わず叫んだ。
「ウソでしょ!」
少年は「ウソじゃねぇよ」と肩をすくめた。
レオンは少年から手を離し、小屋の中へと手を広げて招いた。
「羊肉の燻製もあるんだ」
少年の表情は晴れない。
レオンはいたずらっぽく目を細め、ささやき声で言い添えた。
「しかも仔羊だ」
少年がますますいぶかしげにレオンを見上げるので、レオンは「僕が焼いたよ」と請け負った。
少年が「よかった!」と顔をほころばせる。
レオンは苦笑した。
「でも実際、ナタリーの料理の腕前は、ジャックの言う通り。そう悪くないから安心してほしい」
レオンの言葉を受け、少年はジャックとリナの顔を順番に見た。
ジャックとリナは目を見合わせる。
ジャックが「悪くはないよ」と答え、リナが「よくもないけど」と続いた。
少年は「ふうん」と頷いた。
「うちの姉さんと同じようなもんか」
少年がひとりごちると、ジャックは指を鳴らした。
「それだ!」
ジャックは声を上げてすぐ、ハッとしたように口をおさえた。
少年はニヤリとして、ジャックに視線をやった。
「姉さんに言いつけてやろ」
「勘弁してくれよ。おまえの姉さん、怖いんだもん」
ジャックが情けない声ですがる。
少年がますます意地悪に調子づく。
「そんじゃ、ジャックが姉さんのこと、『怖い』って言ってたって。そう告げ口するのはアリなんだな」
「ナシだよ! 決まってるだろ!」
じゃれ合うジャックと少年の背中を眺めながら、リナはレオンに言われた言葉を思い返していた。
――率直でありなさい。誠実でありなさい。
それでも魔法だと打ち明けることは、やはりできない。
リナはぐっと真一文字に口を結んだ。
「ねえ」
リナが少年の上着の裾を引っ張る。
ジャックはリナの顔つきを目にし、眉をひそめた。だがため息をついて、すばやく離れていった。
「なんだ?」
少年はジャックの背を見送ってから、リナへと振り返った。
思ったよりリナの顔が近くにあり、少年は慌てて後ろに身を引いた。
「な、なに?」
どぎまぎする胸を手でおさえ、少年がもう一度リナにたずねる。
リナはおなかの前で両の手を組んでいた。
ぐっと力がこめられたのが、少年にも見て取れた。
リナが顔を上げる。
「ありがとう」
少年は目を見張った。
リナは少年の手を取った。
「ありがとう。私の手品を、気に入ってくれて」
私をかばってくれて。
家族を守ってくれて。
リナは少年に笑いかけた。
少年は真っ赤な顔で、何度も頷いた。
◇
魔力暴走以来、久しぶりにリナが魔力を開放し、小屋の中で、少年向けの手品を披露していた頃。
小屋の外では、がさりと低木の葉が揺れた。
小動物でもいたのか。
足早に小屋から離れていく影があった。
小屋の中では依然として、わいわいと騒がしくも温かな歓声に満ちていた。