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17 医者もどきの信念




 レオン達の住まう小屋は、レオンが医師もどきを務める診療所でもある。

 それだから、リナとナタリーが秘密の特訓をするのに適した場所とは、とても言えない。



「レオン先生! ちょいと診てくれや! 怪我人だ! 薪割りでやっちまった!」



 ノックの意味を為さず、忙しない声と同時に小屋の扉が乱暴に開けられる。

 リナはびっくりして力を余計にほとばしらせ、小屋中のあらゆるものがすさまじい突風に吹き上げられた。


 どおっという地響きが小屋に駆け込んだ村人を襲い、彼の縮れた髪はまっすぐうしろに()かされたようになった。

 前から吹き付ける強風でぶるぶるとくちびるや頬が小刻みに震え、驚愕に見開いた目は、叩きつけられる強烈な痛みから逃れたいのに、まぶたを閉じることも叶わない。

 歯と歯の隙間にまで差し込む針のような風、その痛みが村人の舌を串刺しにした。



「ひ、ぃ……っ!」



 怪我人を背後で休ませ、レオンに診てもらおうと扉を開けた村人は、声にならない悲鳴をあげた。


 扉が開かれ、リナが自制を失い。すぐさま、ナタリーがリナの体を抱きしめてはいた。


 リナの力の奔流。異物を排除せんとする激しい渦巻きが起こって数秒で、それらは沈静化した。

 けれど村人が受けた衝撃は、刹那の些細な出来事では済まなかった。


 後方に傾いでいき、ついには、村人の体が倒れた。

 扉前の平べったい、楕円形の、淡桃色に染まった置き石の上に。



「ごめんなさ――」



 リナは村人へと手を伸ばそうとした。けれどその指先は、引き戻されるようにして止まった。

 ナタリーに抱え込まれたまま、リナは前に進み出ることはできなかった。

 それだけじゃない。ナタリーによって口もふさがれた。


 ぎょろりと目を動かしてナタリーを見上げれば、ナタリーはきつく眉根を寄せ、闇の広がる漆黒の瞳が厳しくリナを射抜いていた。

 けっして目はそらされず、ゆっくりと頷くナタリー。


 床にかがみこむナタリーとリナの二人。

 そのわきをレオンがすり抜けていく。


 リナの目にうつるレオンの横顔。

 厳しく引き結ばれた口。険しく刻まれた眉間のシワ。色を失った頬。


 男か女か。そのうえ年すらもいまだ十代のこどものような。

 ひたすらに優しく、穏やかで、温かく、柔和な。ときにはいたずらな幼さまでも見せるレオンの顔が、石のように冷たい。

 石から掘り出したに過ぎない、脈打たぬ彫刻のよう。



「――診療台へ運びます」



 倒れた村人の上にかがみこんだレオンは、一言つぶやき、踵を返した。

 ナタリーが訴えるような視線をレオンに向けたが、レオンは首を振った。

 レオンが倒れた村人を抱えるのに、魔法で彼の負荷を軽減させようとしたのだろう。だがレオンは立てかけてあった担架を手に取り、ナタリーを見た。

 ナタリーはリナの頭をぐしゃりと一度なでた。それから立ち上がった。


 村人が担架にのせられ、扉前から診療台への短い距離を進んでいくのを、リナはじっと見つめていた。

 ナタリーに抱え込まれ、温められた熱。その失われた熱を取り戻そうと、両腕を抱えて震えながら。


 薪割りのさなか、割った薪が思わぬ方向へ飛び、その破片で怪我を負った当初の患者の姿は、すでにそこになかった。

 淡桃色の置き石には、小さな血痕が残されていた。







 村人の口の端に歯肉は切れて血が滲み、後頭部には倒れた衝撃による(こぶ)がひとつ。

 何より彼の双眸(そうぼう)は、光を失う寸前までに痛めつけられていた。



「こうなっては……彼のことも、いじらないといけないわね」


 ナタリーは沈痛な面持ちで、診療台に寝そべる村人を見下ろした。



「やめてください」

 レオンは村人の後頭部に手を差し入れ、目を覆うようにして包帯を巻きながら、冷たく言い放った。

「彼の体に、これ以上の負担をかけないでください」


「そんなことにはならない!」

 ナタリーは毅然として反論した。

「魔法には傷だって病だって治す力があるわ!」



 ナタリーの訴えに、レオンは顔を上げない。

 ナタリーはじれったそうにレオンへとにじり寄った。



「あなたは(かたく)なに魔法も魔術も認めないけど、この国の医療はそもそも――」


「やめてくれ」



 レオンが顔を上げた。

 二人の目が合った。

 ナタリーは乗り出していた身を起こした。



「ナタリー。あなたが大昔に生きた伝説のご令嬢だろうが、この国を貶めた魔女だろうが。何を騙ろうとかまわない」


 レオンは眉を上げ、くちびるをかみしめた。何かを反芻するかのように数回、短く頷いてみせる。


「そうだ、かまわない。どんなに荒唐無稽でもね。僕の前世が国王だった? 魂が同じ? あなたと恋仲だった? 子供までつくった? 為政者のくせに、立場を顧みることなく? 道徳もなくし? そうか」

 レオンは嘲るように笑った。

「『前世の僕』は、そういう男だったんだな」


「レオンはそんな――」


「レオンと呼ぶな!」

 レオンの口からツバが飛び散った。

「僕がレオンだ! そんな男は知らない! 『あなたのレオン』は僕じゃないんだ! いい加減にしてくれ!」



 ナタリーは口を閉じた。

 レオンの腕に触れようとしていた手もまた下ろされた。



「僕は医者としての信念を譲るつもりはない。恋に浮かれあがって、為すべき道を誤ることはない」

 レオンはナタリーから顔をそらした。

「たとえ、あなたと決別するとしても」



 レオンは深く息を吸い込み、ふたたび顔をあげた。

 その口もとには皮肉げな笑みが浮かんでいた。


「ああ。この国では、僕は医者ではなかったですね」

 レオンが肩をすくめる。

「『医者もどき』。十分だ。それでいい」

 ナタリーの目を見て、レオンはきっぱりと言った。

「この国の医術――魔術なんか、僕には必要ない」



 ナタリーは診療台から離れ、リナのそばに寄り、その頬を親指でぬぐった。

 リナは自分でも気がつかぬうちに、涙を溢れさせていた。

 レオンのこれほどまで激昂する姿を、リナは初めて見た。

 凍えるような恐怖。感情の高低によって、いまだ自制が難しいはずの力でさえ、流れることがなかった。


 体を震わせるリナをそっと抱きしめ、ナタリーは囁いた。

 ナタリーの腕の中にいるリナがようやく聞きとることができるくらいの、小さな声だった。



「それでも、いじらなくてはいけないわ」


 リナはナタリーを見上げた。

 何かを心に決めた、強いまなざし。その横顔。


「家族を守るためだもの」



 リナの胸には、苦しいほどの後悔と不安が押し寄せていた。

 苦しくて、息もできないほどの。





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レオンーっ! 自分をさげすまないで……涙
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