11 とっておきの約束
「それじゃあ、とっておきの約束を二人にあげなくちゃいけないわね」
ナタリーは腕を組んで首を傾げた。
煤けた天井を睨みつけ「ううん、レオンが期待させるような前振りを向けるせいで」と、なじり。パン屑の散らばった床に視線を落としては、「でもだからといって、ここまでしちゃ危ないわね」と思案する。
「とっておきってなんだろ」
リナがテーブルの上に体を乗り出し、ナタリーの百面相を見上げた。
ナタリーの顔は、ぱっと輝いた瞬間にしかめつらを作ったりと、たいそう忙しい。
「なにかきっと、とてもいいものだよ。ぜったいに」
ジャックはリナの耳元に手を当て、小声でこそこそ言った。
わくわくと興奮冷めやらぬ様子で言い合いっこをする二人を前に、レオンはため息が出そうになった。すんでのところで、ぐっとこらえた。
幼い子供たちの期待を煽りに煽って、ナタリーはどう始末をつけようというのか。
ナタリーはレオンのせいだと罪をなすりつけてきたが、レオンからしてみれば、ぶつくさ独り言ちては指先からパチパチと何か眩しげな光を発して消し、そよそよとした風を部屋に吹かせたと思えば、たちまち小さな竜巻を作り上げてテーブル上の皿を吹き飛ばしてみせるナタリーの方こそ、ずっとずっと罪作りだ。
無意識だろうそれら不思議な魔法を、ナタリーが披露しては消す度に、はしばみ色と黒色の瞳が。子供たちの目がそろって輝きを増していく。
レオンは頭が痛くなった。
ナタリーは結局、いい案が思い浮かばなかったらしい。がっくりと肩を落としてリナを見た。
リナはきょとんとナタリーを見つめ返した。
「いいこと。リナ。これからお外で、怒ったり泣いたり、大笑いしたらダメよ」
ナタリーは腰に手を当て、強い口調でリナに言い放った。
その言い方はさすがにないだろう。レオンは頭を抱えた。
おそるおそるリナを見やれば、ナタリーを見つめ返したまま、ぽかんと口を開けて固まっている。それはそうだろう。
厳かな口振りを装ってナタリーは続けた。
「なぜって。なぜって、そうね」
沈痛な面持ちでナタリーがレオンを見る。レオンは睨み返したが、ナタリーは重々しい威厳を眉間に示しながら頷いてみせた。
レオンは諦念と憂いを湛え、リナに向き合った。
「リナ。昨日、リナが泣いたときに扉が割れてしまったのは覚えているかい?」
リナの顔が途端にくしゃりと歪む。
レオンの胸が重くなった。嫌な役目だ。
レオンは立ち上がった。椅子の脚が床と擦れ、ギイと音を立てた。
涙で潤むリナの黒い目は頑張って堤防を築いているものの、今にも決壊しそうだ。
「怒っていないよ。大丈夫、リナ」
レオンはそっとリナの肩に手をのせた。
「ナタリーも僕も、怒っていない。安心してほしい。リナがわざと扉を壊したなんて、そんなことは少しも考えちゃいない」
リナはぶんぶんと頭を振って頷いた。勢いよく振られた髪と、つられて飛び散った涙がレオンの手に当たる。
「わざとじゃない……!」
それだけ言うのが精一杯なのか、リナはぐうっと喉の奥を鳴らし、泣きわめかない様にくちびるを噛みしめた。
「そうだね。わざとじゃない。わかっているよ」
レオンはリナの華奢な肩を引き寄せ、背中をゆっくりと撫でた。
二つの細い腕がレオンの首に縋りついてくる。ぎゅうぎゅうと力がこめられ、レオンの頬にリナの涙に濡れた頬がなすりつけられた。
「大丈夫。大丈夫だよ、リナ。わかっているよ」
ふんふんと鼻を鳴らし嗚咽を漏らすリナを抱きしめ、レオンは繰り返した。
「僕はリナのことが大好きだよ」
レオンが目を上げれば、胸の前できつく手を組み合わせ、すっかり顔色をなくしているナタリーと目が合った。
「ナタリーだってそうだ。みんな、リナのことが大好きだよ」
小さく頷いてナタリーに示せば、ナタリーは口元を引き結んだ。
「ええ。リナ、大好きよ」
ナタリーがリナに語りかければ、ジャックもはいはい! と手を挙げて叫んだ。
「オレだって! オレもリナがだいすきっ!」
リナはとうとう声を上げ、わんわんと泣いた。レオンの襟ぐりがぐっしょりと濡れた。




