10 一家の朝
「リナ。これから約束してほしいことがあるの」
リナが扉を破壊し、レオンが割れた板のうち、使えそうな木片を継いでは組み直し、どうにか修復した、その翌日。
すっかり平らげられた、空の皿が並ぶテーブルを四人は囲んでいた。
燻製肉と小麦の香ばしい匂いの残る食卓に、ふんわりとローズヒップの華やかな香りが新たに漂ってくる。
レオンがナタリーのためにハーブティーを淹れ、ナタリーが「ありがとう」と礼を言い、レオンは「どういたしまして」と返しながら椅子をひいた。
家族全員が朝食を終え、ジャックとリナの二人、キラキラと興奮に輝かせた目を合わせる。
さて今日は何をしよう。どこにいこう。まずは村へ遊びに出よう。
そんな一日の始まり。
ジャックとリナが椅子から飛び降りようとした、まさにそのとき。
レオンとナタリーが真剣な顔をしてリナに語りかけた。
リナは首を傾げる。
「やくそく?」
ジャックは少しだけ不満そうにやり取りを眺めていた。
口には出さないでいるが、「オレは? オレには?」と自分の順番をうずうずして待っているような。
リナは隣にすわるジャックをチラリと見る。それから得意になってニヤけてみせた。
「ふふん。リナがおねえさんだから、『やくそく』がもらえるんだもん!」
「リナはいもうとだろ! オレがおにいちゃん!」
ジャックがみるみる不機嫌になる。
「そういうところ! そういうところが、ジャックのこどもっぽいところなわけよ」
芝居がかった素振りで肩をすくませ、両手をひろげるリナ。やれやれ、仕方のないおこちゃまね、呆れちゃうわ、というように。
「こどもっぽくないもん……! こどもっぽいのはリナだもん……!」
ジャックの目が次第に潤み始める。
ナタリーがちろりとレオンに視線をやった。目が合うなり、レオンは眉をひそめる。
子供たちが喧嘩をし始めると、決まってナタリーはその仲裁をレオンに押しつけるのだ。
食べかすの散らばった皿を積み重ね、テーブルの端に押しやる。ナタリーは何も言わない。
レオンはため息交じりにこぼした。
「ジャックもリナも子供だよ」
途端、リナは目を吊り上げる。
「リナ、こどもじゃないもん!」
「オレもこどもじゃない……」
ジャックは納得がいかないように、口をへの字に曲げた。
「へえ? そう?」とレオン。意地の悪い表情で二人の顔を覗き込んだ。
ジャックもリナも憤慨して、「もうおとなだよ!」と揃って主張する。
レオンは目を丸くし、「そうか。二人はもう、大人だったんだね」と、わざとらしく驚いてみせた。
するとリナは顎をそらせて胸を張り、ジャックは鼻息荒く首を上下して頷く。
思わずレオンは吹き出しそうになった。慌てて咳払いする。
「それじゃあ、すっかり大人の仲間入りをしたリナ。それにジャック。二人に約束してほしいことがある」
レオンがくちびるの前に一本指を立てると、リナとジャックの目が輝いた。
「オレも? リナだけじゃなくて、オレも?」
ジャックがテーブルの上に体を乗り出す。
「そうだよ。ジャックにも約束してほしい」
レオンが頷くと、リナがぶすくれる。
「ねえ、レオン! 『やくそく』はリナがさきでしょ? だってリナに『やくそく』っていったでしょ?」
「そうだね。先にリナと約束しようか」
レオンは頷くと、ジャックを見た。
「それでいいかい? ジャック」
「いいよ。だってオレはおにいちゃんだから」
ジャックの答えにリナが気色ばむ。
不服そうに口を尖らせるリナ。ジャックが慌てて「じゅんばんはまもらなきゃ! リナがさきだったから」と言い直す。
リナは満足気に頷いた。
「ということで、ナタリーどうぞ」
レオンはナタリーに水を向けた。
「えっ? あたし?」
振り返ってみれば、話の矛先を向けられたナタリーは、明らかに戸惑っていた。
レオンがむっとする。
「あなたがリナに説明すべきことじゃないんですか」
いかにも刺々しいレオンの口調に、ナタリーが片眉をつり上げる。ついでに口の端も上げた。
面白がっているときの表情。ナタリーがレオンをからかうときの。
レオンは荒い鼻息を吐き出して、ナタリーから目を背けた。
「レオン大先生の推薦とあっちゃ、はりきらないとね!」
ナタリーがリナとジャックに向かって大きく両手を広げる。
二人の幼い子供は、また始まった、と目を合わせた。
「余計な一言を付け加えないと気が済まないんですね」
レオンがため息交じりに首を振る。
ナタリーはニヤニヤ笑いを仕舞い込んだ。
「あら。いつだってあたしはレオンを尊敬しているわ。心からの気持ちを伝えたいんだもの」
「あなたがいつも、心から僕を揶揄いたいんだってことは、十分わかっています」
レオンはいぶかしげに顔をしかめた。
「うんざりするくらいにね?」
「ええ、そうです」
レオンが眉尻を下げて苦笑すると、ナタリーは「よかった!」と嬉しそうに答えた。
「それなら、もうすっかりレオンもあたしのやり方に慣れたのでしょ!」
肯定も否定もせず、レオンが黙ってナタリーをじっと見つめた。
ナタリーは身じろぎをして、コホンと小さく咳払いをする。リナとジャックが、さて終わったぞ、とナタリーを見上げた。




