5 固有魔法の発現
リナがぴたりと泣き止む。
リナの視線の先には、小屋の扉。のあったはずの場所。
そこは外の世界へと、ぽっかり、口を開けていた。
開かれた先に覗くのは、ラベンダーとマリーゴールドが絡まり合う空。濃紺の影になって揺れる、庭先の草木。
小屋下の村中央へと繋がる小径と、斜面一帯は、坂の上に立つこの小屋の内部にいては、よく見えない。
だがその先、もっと遠く。村の様子は見渡せる。
呆然と立ち尽くすリナのとなり。ナタリーは片手を頬に当てて頷いた。
「あら。やっぱりリナはあたしとレオンの子なのね」
弾かれたようにリナが振り返る。肩までのまっすぐな黒髪が舞い、夕暮れ空に映えた。
もの言いたげなリナの顔。気がついたナタリーが、説明を補足する。
「リナのお父さんの名前はレオンハルトと言うの。あたしはレオンと呼んでいたわ」
「レオン……?」
リナが首を傾げ、ナタリーは頷く。
「そう。医者――もどきのレオンは、リナのお父さんじゃない。百五十年前の王様のレオンが、リナのお父さん。そして今一緒に暮らしているレオンの前世」
リナはそれきり黙りこくり、真っ二つに割れた扉の残骸を見る。
ナタリーの目に映るリナの横顔は、青ざめていた。心なしか震えている。
ここからは見えないが、斜面下の小径からだろうか。人の声が聞こえてくる。
ナタリーはパン! と手を打った。乾いた破裂音。リナが振り返る。
「さすがあたしとレオンの子!」
リナがぽかん、と口を開いたところで、慌ただしい足音、ガサガサ、がちゃん! と何かがぶつかり合う音が、小屋に入り込む。
「あなたとの間に子はいない!」
買い出しから戻ったレオンが、真っ赤な顔で怒鳴り込んできた。ジャックは壊れた扉の上にしゃがみこみ、「うわぁ。すごい!」と目を輝かせる。
ジャックが指先で、割れた扉をツンツン突いていることに気がつき、レオンは我に返った。
「破片やトゲが指に刺さると危ないから、やめなさい」
荷物をその場に置き、レオンがジャックを抱き上げる。ジャックはくちびるを尖らせた。未練がましい視線を扉に残し、レオンの肩越しに手を伸ばす。
「これはどういうことですか?」
レオンの訝し気な顔つきと口調に、リナは震えた。レオンがリナに微笑みかける。
「ケンカをしているんじゃないよ、リナ」
安心させようとレオンは声をかけたが、リナは大きくかぶりを振った。
その様子に、この惨状の原因にリナが関わったのかと当たりをつけ、レオンはナタリーを見る。ナタリーは小さく頷いた。
「リナが固有魔法を発現させたの。おめでたいことだわ!」
「固有魔法?」
レオンは眉を顰める。
ナタリーが魔法を使えることは知っている。だが『固有』魔法とは? 一般魔法やら、その他様々な種類があるということだろうか。そしてまた、『固有』と言うからには、他の者には真似できないとか、何か特別な力なのだろうか。
もっとも、すでに魔法を操れる人間は、ほとんど消えて久しい。
ナタリーは嬉しそうに顔を綻ばせ、リナを後ろからぎゅっと抱きしめた。困惑顔のリナに頬ずりをし、「レオンの子よ。レオンの子なのね、リナ!」とキスをする。
レオンは口を開きかけて閉じた。胸の奥が重く澱んでいくのがわかった。
まぶたを閉じると、レオンは深呼吸した。腕の中のジャックが、おろせとばかりに暴れ始める。
レオンは割れた扉から離れた床に、ジャックをおろした。
「扉を直さなくてはいけませんね」
なにはさておき、まずはそこからだ。




