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22 メロヴィング公爵邸の宴




 楽師達は、宴の広間で宮廷音楽を奏でている。

 王宮ではないにも関わらず、国王から宮廷音楽の演奏を許された広間。ただしそれは、王族がその場にいる場合に限る。


 場所はメロヴィング公爵の王都邸宅。その大広間。

 王都内に構える邸宅として、最大規模を誇る公爵邸。

 目に入る家具や調度品は、趣味のよい、高価な品で揃えられており、重厚な歴史もまた感じさせる。


 壁には王家の旗と、メロヴィング家を示す旗が掲げられていた。

 赤と青の二色しか用いられない、単純な図案の旗。それは血の色を示している。


 赤地は王国民の血。青い線は王侯貴族の青い血。

 赤地に七本の青の斜線が、中央頂点から放射状に底辺へ向かい、均等に引かれた旗。それが王家。

 赤地に一本の青の斜線が引かれた旗。それがメロヴィング公爵の家。

 その一本の直線は、王家の旗において、左端に引かれるそれと同位置にある。


 制約を伴うものの、宮廷音楽の使用許可。王族の離宮を除いて、他に類を見ない、広大な王都邸宅。家を示す旗における、左端の一本線。

 メロヴィング公爵の財の豊かさ、中枢に置ける権力の強固であることを示唆し、見るものを圧倒させる。


 ジークフリートとレオンハルトは、メロヴィング公爵家の面々にエスコートされ、大広間に入った。

 ジークフリートは婚約者ミュスカデの腕を取り、レオンハルトはメロヴィング公爵にエスコートされている。


 第五王子レオンハルトの王都帰還を祝す。レオンハルトを主役とする晩餐会。

 全員が席に着き、乾杯が行われる。

 レオンハルトが公爵一家の温かな歓迎に謝辞を述べると、晩餐会は穏やかに、かつ賑やかに始まった。



「レオンハルト殿下。おそれながらお尋ねしたい。ご許可をいただけますかな」



 たっぷりとした顎鬚を撫でさする公爵の様子は、彼の人となりを知らぬ、付き合いの浅い者達にとって、尊大極まりないように映る。

 レオンハルトは微笑んだ。



「どうぞ。公爵に改められますと、何やら大物になったような心地です」



 レオンハルトの軽口に公爵は、わずかに眉根を寄せて応じる。

 公爵なりの好意と肯定だとわかっている。

 だが、幼少時より公爵に世話になっているレオンハルトとしても、瞬時には軽率さを窘められたような、バツの悪さを引き起こされる。

 レオンハルトは誤魔化すように口元に拳を当て、咳払いをした。



「レオンハルト殿下は、キャンベル辺境伯領にて、固有魔法を発現されたそうですな」

 メロヴィング公爵の口ぶりは不確定な事柄についてたずねるといったものではなく、確信している事柄に同意を求めるものだった。


 ジークフリートがレオンハルトに一瞥を寄越し、頷いた。レオンは頷き返し、公爵に向き直る。



「ええ。キャンベル辺境伯領騎士団の面々。それから騎士団一の強者である、ご令嬢直々に、しごかれた成果です」


「それはそれは。聞きしに勝る武勇のようですな」



 口髭に隠された口角。だが片側だけ吊り上がったのが、癖のある亜麻色の髭が挙上することで知れる。

 是か非か。

 これが皮肉であるのかどうかは、さすがにレオンハルトにもわからなかった。

 身内や、そして忠誠を捧げ支持する者には、疑いの余地も入らぬ肯定を示す公爵。一方で、陣営と見なさない者には、ほとんど冷酷と評してよい人物であるからだ。


 レオンハルトの婚約者となるであろうナタリー。そして婿入り先と目されるキャンベル辺境伯領。

 これらを公爵が、己が陣営と見なしているのかどうか。現段階では判然としない。



「して。殿下の固有魔法とは、変化(へんげ)でございましたか?」


「公爵!」



 ジークフリートの鋭い叱責が、広間に漂う煙を切り裂く。

 甘い酒の匂いや、焼いた肉の血と脂の匂い、パンの香ばしい匂い。そこに入り込む、女性陣の化粧と香油の匂い。

 それらが、さっと色褪せたようになる。


 立ち上がったジークフリートは、その手でテーブルを打ち鳴らした。

 テーブルを囲うざわめきは、全てその音を消す。

 楽師達の奏でる悲哀に満ちた旋律。

 短調のそれは、もの悲しく。そしてまた居心地の悪そうに、場違いに浮いていた。



「変化……? いえ。キャンベル辺境伯令嬢と類似の、炎魔法でした」



 血の気の失せた、壮絶な憤怒を示すジークフリート。鷹揚に構えるメロヴィング公爵。

 か細い両の手で顔を覆うミュスカデ。瞑目し、柳眉を顰めるメロヴィング公爵夫人。

 他、この席に集う者達の表情に浮かぶ困惑。


 自身を発端としたことであるのに、大事を知らぬはレオンハルト一人のように、レオンハルトには感じられた。

 レオンハルトは生唾を飲み込む。



「公爵。変化とはいったいどういうことでしょうか」


「レオン。それについては、しかるべき機会に私から説明しよう」



 レオンハルトの問いを、ぴしゃりと遮るジークフリートに、誰も口出しすることはできない。

 「かしこまりました」と応えるレオンハルトによって、宴は再び時を動かし始めた。先ほどよりも幾分、ぎこちなさを伴って。




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― 新着の感想 ―
変化という言葉。お兄さんの鋭い叱責。 思わせぶりな書き方(笑)に本当ワクワクさせられます!
[良い点] 変化を言い出したのがメロヴィング公爵というのが、ポイントだね。 そして兄ちゃんとミュスカデの反応。 >大事を知らぬはレオンハルト一人のように なんだね、つまり。 そして、兄ちゃんと公…
[良い点] 宮廷音楽……憧れます(*´∇`*) 変化とは何だろう?とすごく気になりました……! お怒りになられるジークフリートさまも素敵です♡
2023/02/08 00:01 退会済み
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