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8 庭園での逢瀬(2)




伏魔殿(ふくまでん)に、魔物の巣窟ね」

 ナタリーは皮肉げに口の端をつりあげる。

「それなら、あたしが今住まう離宮はなにかしら。王宮よりはきっとマシなんでしょうね」



 レオンハルトから王都にとどまるよう懇願されて以来、ナタリーは王宮そばの離宮で暮らしている。

 今日はレオンハルトとの逢瀬のため、ナタリーはこっそりと離宮を抜け出した。

 反発してばかりのナタリーに、どうにかフランクベルト宮廷のしきたりを教え込もうと苦心していた講師。

 彼女も今頃、ナタリーの不在に安堵していることだろう。

 講師をつとめる伯爵夫人とは、致命的に相性が悪い。



「離宮といえば」

 ナタリーはふと思いついて、たずねた。

「あたしのせいで、フィーリプ殿下を追い出してしまったのかしら」



 現在、ナタリーが住まう離宮。

 もとは、先王ヨーハンの側妃カトリーヌ、王子ルードルフ、王子ハンス、王子フィーリプ。彼ら母子が住んでいた離宮だ。


 彼らは病を得たそうで、今は静養のために生家ルヌーフに戻り、蟄居(ちっきょ)しているという。

 ナタリーはレオンハルトから、そのように聞かされていた。

 しかし、フィーリプに限っては、ジークフリートのあとをついて回る姿を、よく見かけた。



「君のせいじゃない」

 レオンハルトはすかさず否定した。

「異腹の兄フィーリプは、すでに王子の身分をはく奪されている。そのためだ」


「はく奪?」

 ナタリーは問い返す。



「ううん」

 レオンハルトはナタリーのローブの中へと頭をひっこめ、もごもごと歯切れ悪く答えた。

「まあ、すこし。いろいろとあって」


「へえ、そう」

 ナタリーは目をすがめた。

「恋人にも言えない、王様の秘密ってわけね」



 そうか。そういうことだったのか。

 ナタリーは意地悪な口ぶりでレオンハルトを責めつつも、内心、納得した。


 妙な気配には気づいていた。

 フィーリプの身に着ける衣装は大国の王子というには、あまりにみすぼらしかったし、なにより宮廷人の彼への接し方が、不自然だった。

 明確に不敬というものではない。ただ、誰もがフィーリプを遠巻きに眺めたり、あるいは敬遠しているようだった。

 側妃の子とはいえ、正式なフランクベルト家の王子であるはずなのに、彼に取り入ろうとする者が、ひとりも見当たらない。



「身分のはく奪は、どうしてもせざるをえなかったんだけれど」

 レオンハルトは気まずげに切り出した。

「彼には恩赦(おんしゃ)を与えた。それでまだ、この王宮にいる」


「恩赦ね」

 ナタリーは首をかしげた。

「それなら、カトリーヌ様やルードルフ殿下、ハンス殿下とおなじように、ルヌーフ家へ送ってさしあげればよかったのに」


「ジークフリート兄上が、フィーリプを扈従(こじゅう)としたんだ」

 レオンハルトは苦々しい口ぶりで言った。

「その理由として、王室が七忠と衝突した場合でも、彼らを抑えつけ君臨できるような。そういった、じゅうぶんなフランクベルト家の結束が必要だから、ということらしい」



 ところどころごまかし、ナタリーに説明しながら、レオンハルトは思い返した。

 兄ジークフリートの語った、フィーリプに恩赦を与える動機について。


 建国の七忠に対抗するための、フランクベルト家の結束。

 それまで側妃カトリーヌを旗頭にしていた振興貴族をとりこむこと。

 大罪を犯したルヌーフ家に恩を売ること。


 ほかにはなにがあっただろう。

 ジークフリートは察しの悪い弟王レオンハルトへと、ていねいに説いてくれた。

 しかし、レオンハルトが内容を理解できたと感じたのは、これくらいだ。



「王とは慈悲深く、寛大であらねばな」

 不満そうなレオンハルトの肩をたたき、ジークフリートは言った。

「人を信頼しない王は、誰からも信頼されぬ」



 レオンハルトはナタリーのメダルにじゃれつくふりをして、兄の言葉を反芻した。

 でも、と彼は胸中で兄に反論する。

 信頼に足る者かどうか。王は見定める必要があるのではないだろうか。

 根拠もなくやみくもに人を信頼してまわる王など、それこそ臣民から信頼されないだろう。

 考える頭がないのだとあなどられ、体よく操られるばかりで。父王ヨーハンがそうであったように。


 はたしてフィーリプは、王の信頼に足る相手だろうか。

 同腹の兄ジークフリートと異腹の兄フィーリプの顔をそれぞれ、頭に思い描く。


 そのときだった。


 レオンハルトとナタリーが秘密の逢瀬を楽しむ、この庭園で。

 誰も立ち入ることのないよう、ギュンターにくれぐれも命じてあったはずのこの庭園で、がさりと葉の揺れる音がした。


 距離は離れている。

 ナタリーは、レオンハルトの小さくふわふわの体を小脇に抱え、あわてて身を隠した。


 いったい誰が。

 王レオンハルトの扈従であるギュンターの静止をすり抜けられる者とは。


 ふたりの不安と疑問は、やがておなじ答えにたどりつく。


 この庭園は、王家の人間と、その人間が許可した者だけが立ち入りを許されている。

 王家の人間。正確にいえば、フランクベルト宗家の人間。

 つまりは王と王妃、王子、または王女に限られる。いや、王太后ももちろん含まれる。


 現在、フランクベルト宗家の人間として認められているのは、現王レオンハルトをはじめとして、その兄である摂政王太子ジークフリート。

 それから。



「こんなところにおいででしたか」

 氷のように冷たい声が、茂みに身をひそめるレオンハルトとナタリーの耳に届いた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] >しかし、レオンハルトが内容を理解できたと感じたのは、これくらいだ。 おい。レオンよ。兄ちゃんの説明をちゃんと聞いておいてくれ~。 フィーリプを側に置いておくメリットについては、私も疑問…
[良い点] 二人の逢瀬、ゆったりと時間が流れているようで素敵ですね。 >「王とは慈悲深く、寛大であらねばな」  不満そうなレオンハルトの肩をたたき、ジークフリートは言った。 「人を信頼しない王は、誰か…
2024/07/21 14:19 退会済み
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