6 少年王レオンハルト
「対エノシガイオスについて、その方針を議論するまえに、みなさんへ報告することがあります」
レオンハルトは中央評議会の開始早々、参議諸侯に通達した。
「アングレーム伯爵立ち合いのもと、建国王の聖剣を破壊しました」
一段高い玉座から諸侯を見下ろす少年王レオンハルト。
そのとなりには、摂政王太子である王兄ジークフリートがひかえている。
「なんだと!」
いちはやく反応したのはガスコーニュ侯爵アルヌールだった。
「フランクベルト創生の証である聖剣を、破壊しただと!」
当代ガスコーニュ侯爵アルヌールは、建国の七忠のうち、比類なき武人だ。
だが、それだけでない。
ガスコーニュの一族魔法は、武器の扱いに特化するといった性質を持つ。
そしてさまざまな武器のなかでも、剣は戦士において神聖なる鉄。
話はやや逸れるが、近年では鉄に代わって、鋼がその役を担っている。
話を戻そう。
つまりは、そのような事情がゆえに。
ガスコーニュ一族の長であるアルヌールにとって、建国王の聖剣とは。
すなわち、建国王に由来するフランクベルト三大聖宝において、もっとも意義深く、貴重な品だった。
「いや、だが」
いかにも武人らしくいかめしい顔を、激しい怒りでゆがませていたアルヌールだったが、彼はとつじょとしてその勢いをおさめた。
「あれほどにも鉄の肉厚なる聖剣を破壊するとは」
アルヌールは、いかにも不審だといわんばかりにうなった。
黒々と濃く固い顎髭を、ふしくれだった太い指で引っ張ったり、丸めたり。
眉間にシワを寄せながら、もじゃもじゃともてあそぶ。
「陛下よ」
アルヌールは少年王をひたと見据え、たずねた。
「はたして、どのようになされた?」
「王笏を振りおろしただけです」
レオンハルトは右手に持つ王笏を参議諸侯によく見えるよう、頭上に掲げた。
「こちらも聖宝のひとつですが、なぜでしょうね。誰ひとりとして聖槍とは呼ばない」
「王冠も同様に、聖冠とは呼びませんがね」
オルレアン侯爵セザールはため息まじりに指摘した。
「つまり聖剣だけに与えられていた唯一の尊号であったわけですが、それを陛下は即位後まもなく破壊なされたと。そういうことですか」
「そ、そそそそうです!」
エヴルー伯爵ロベールは恐怖と驚愕がまぜこぜになったような顔つきで、そのだぶついた顎をふるわせた。
「だ、第一にですよ! 聖剣が失われてしまえば、今後、発現の儀をいかがなさるおつもりですか!」
ロベールのきいきいとかんだかい叫び声が、場違いに浮いて響く。
「参議ではない身で諸侯のあいだに割り入ること、失礼する」
弟王レオンハルトのかたわらに立つジークフリートは、上級顧問である建国の七忠の面々へと、すばやく視線をめぐらせ、断った。
「兄上は僕の摂政なのですから、当然、議論に参加する権利があります」
レオンハルトはあわてて兄へと振り返り、王の承諾を与えた。
「陛下のご厚意に感謝します」
ジークフリートは胸に手をあて、弟王へとほほえんだ。
ジークフリートが羽織るチュニック。
鮮やかな青。仕立ては、厚手のシルクベルベット。
隙間なく刺された、獅子のたてがみを意匠とした金色の刺繍。立ち襟には、獅子の横顔をかたどる留め金。
先王ヨーハンが中央評議会にて議長として座していたころから参席していたジークフリート。
そんな彼の、評議会における正装のようなものだ。
「さて」
ジークフリートが鋭いまなざしをもって、参議諸侯と対峙する。
「みな、失念してはいないか」
「発現の儀をなしても、獅子王と認められずに建国王の青い血を失った、この私の存在と」
ジークフリートはそこまで言うと、弟王レオンハルトへと首をふった。
レオンハルトはいまにも泣き出しそうな顔つきで、もの言いたげな様子だった。
しかし敬愛する兄ジークフリートが、制止を示唆する厳しいまなざしをよこすばかりなので、彼はあきらめた。
少年王レオンハルトの羽織る建国王のマント。
黄金に輝くビロード。裏地には素晴らしい色艶と毛並みの、黒貂の毛皮。
歴代獅子王が身にまとってきたそのマントは、少年王に威厳を与えなかった。むしろ、王という役につくには未熟すぎる少年を、よりいっそう哀れに見せた。
「それから」
ジークフリートは弟王が悲しげにうつむくのを見守ると、ふたたび口を開いた。
「発現の儀をなさずして、建国王の青い血を発現させた獅子王が、今この場に御座すことだ」
「くわえて」
メロヴィング公爵オーギュストが重々しい口を開く。
「聖剣の代わりは王笏、すなわち聖槍でじゅうぶんに間に合うでしょう」
フランクベルトの法の番人であり、公平を自負するメロヴィング公爵オーギュストが、ジークフリートの言い分に同調した。なおかつ補足まで。
建国の七忠を除いた諸侯のあいだで動揺が走る。
「では本題へ」
少年王レオンハルトは悲しみから立ち直ったようで、諸侯のざわめきがおさまるのを待たず、切り出した。
「エノシガイオスの要求と、我がフランクベルトの返答について」
トリトンの遺体と王太后マリー、エノシガイオス人捕虜のトライデント護送。戦争賠償のための、金品の支払い。トライデント返還の受諾。
代わりにフランクベルトが要求するのは、トゥーニス島と島民捕虜の、フランクベルトへの返還。
そしてフランクベルトとエノシガイオス双方が歩み寄り、結ばれることとなった縁組。
フランクベルトの立場では、ほとんど人質としての意味を持つ、ヴリリエール公女ジャンヌとエノシガイオス公子メリケルテスの婚約。
すべての議題について、誰もが賛同した。
否定の声はあがらなかった。
ジャンヌの実父であるヴリリエール公爵アンリ。王太后マリーの実父であるリシュリュー侯爵シャルル。
これらふたりであってさえも。




