15 ナタリーとレオンハルト(4)
「ちっがあああああああああああう! そうじゃないっ! レオン、あなた何度言ったらわかるのっ? 剣に魔力を通わせるのではないの! それじゃ効率が悪いでしょ!」
「じゃあどうしろって言うんだ!」
キレ気味につっかかってくるレオンハルトを睨みつけ、ナタリーは肩幅に開いた足をパンッと勢いよく叩いた。そして中腰になって、レオンハルトに示す。
「だからっ! 剣と一体化して!」
「一体化……?」
レオンハルトは戸惑いながら、なにかこう、この剣は自分の体の一部だぞーと、思い込むことにした。
それからナタリーの中腰姿勢を真似てみる。
肩幅に足を開いて中腰。模造刀を正中に構える。
――これでいいのだろうか……。
レオンハルトはへっぴり腰としか形容しようのない、間抜けな構えに疑問を抱く。
しかしナタリーはそんなレオンハルトを見て満足気に頷き、次第に体全体に魔力を纏わせ始めだ。
次第にナタリーの全身が帯魔し始めていく。青白い炎のような揺らめき。火花の飛び散る様子に似ている。
幾つもの小さな球電のような、四方八方に細い稲妻を走らせる魔力の塊。それらがナタリーを取り囲む様は、圧巻の一言。
レオンハルトは気合いを入れ直した。ナタリーの助言を、真剣な顔つきで待つ。
だが。しかし。
「こうして! お腹に力を入れて! 足を踏ん張って! それからどーんってするの!」
なんだって?
「意味が分からない! 君の説明は全く要領をえない!」
「何がわからないのよっ! こんなに簡単なのに!」
「君の説明で理解できる人間なんか、この世にいるかっ!」
ぎゃあぎゃあと繰り広げられる痴話喧嘩。
レオンハルトの護衛騎士として残った数名の近衛騎士たちと、キャンベル辺境伯騎士団の面々は、ああ今日も仲良くやってるなあ。と、生あたたかい視線を向けていた。
レオンハルトがキャンベル辺境伯領へ足を踏み入れてから、三ヶ月。
近衛騎士たちとキャンベル辺境伯領騎士団の騎士たちは、すっかり仲良しこよしである。
毎晩のように酒を飲み交わす。互いの主自慢をして喧嘩になっては、互いの主の愚痴を言い合い、肩を組んでは慰め合っている。
「いやはや。殿下があれほど打ち解けられるとは」
常に微笑みを絶やさず冷静な王子であったレオンハルト。その変わり様に、近衛騎士たちが目を丸くしていたのも数日のこと。
しがらみの多い王宮から離れ、年相応に振る舞う第五王子レオンハルト。その無邪気な様子を、近衛騎士たちはほほえましく見守っている。
「だってうちの姫さん、可愛いもん。あのじゃじゃ馬っぷり。ちょっとやそっとの男じゃかなわねえぜ?」
可愛いとじゃじゃ馬がイコールで結ばれることに眉をひそめつつも目をつむるとして。
『ちょっとやそっとの男じゃかなわない』が、ご令嬢の魅力として挙げてよいものなのか。
しかしキャンベル辺境伯騎士団の騎士たちは、そろって得意げだ。
「姫さんほどの攻撃魔法の使い手は、この国にいないぜ。ありゃあ天才だ。戦場に出りゃ、一騎当千の暴れっぷりだろうよ」
「まあ、確かに……」
近衛騎士たちは、唸りながら認める。
正直、面白くはない。
これまで培ってきた己の経験、技術。それらを統計して導き出す咄嗟のカン、矜持。
そういったものがことごとく否定されるかのように、十歳そこらの少女に完膚なきまでに叩きのめされるのだ。
何度立ち向かっても同じ。全く歯が立たない。
戦場になど出たこともないだろうに。一瞬のうちに相手の弱点を見抜き、ためらいなく突き。
非情だろうが、残酷だろうが、卑怯だろうが、汚かろうが。どんな手段でも相手を狩りにいく。
綺麗に勝とう。なんて姿勢は、ナタリーには全くない。
ここが辺境伯騎士団の訓練場であり、相手が敵ではないから、命まで取らないだけ。
再起不能寸前まで負傷させるし、それは避けきれなかった相手が悪い。と、悪びれなく口にする。
辺境伯騎士団の面々も、弱いやつが悪い、と同調する。
確かに先の戦争が終結したとはいえ、まだ周辺国との関係は不穏なものがあるし、くすぶる勢力はある。
なまやさしい訓練では、とても勝利は見込めない。戦場でも役に立たないだろう。
だからまあ、護衛騎士たちはいいのだ。それでも。
しかしだ。
レオンハルト王子が相手となれば、そうはいかない。
王子を護衛する身としては、たまったものではない。
王子の腕や足が折られ。顔に傷をつけられ。目や臓器の一部が抉られたら。
子を残せない身体にされたら。
護衛騎士はナタリーと王子の対戦を見る度に、生きた心地がしない。しないのだが――。
「そうか! こういうことか!」
「わかったのね! レオン!」
何やら間抜けなポーズを取らされて、その上全く理論的ではない指南をされていたレオンハルトが、喜色の声をあげた。
見ると、レオンハルトの身体全体から、まがまがしいと評していいくらいの、黄金色の燃え上がる炎が渦巻いている。
何だあれ。怖い。
ボォオオオオオオオッと一人キャンプファイヤー状態で、燃え盛る魔力のすぐそば。
ナタリーは手を叩いて喜んでいる。
何だあれ。怖くないのか。
レオンハルトの護衛騎士はここ数日の常になっているように、遥か彼方、王都を懐かしむように遠い目をし、たそがれた。
護衛騎士がいくらレオンハルトを止めようとも、レオンハルトは連日ナタリーに挑む。そして叩きのめされる。
それからナタリーがレオンハルトに水をぶっかける。気がついたレオンハルトが、敗因となった己の弱点をナタリーから聞き、ナタリーの繰り出した技やら何やらを教授してもらう。
その繰り返し。
戦闘訓練によって折れたレオンハルトの腕や足は、辺境伯騎士団所属の回復魔術師たちが、どうにか治癒魔術を施してくれる。
今のところはまだ、治癒魔術でも癒せない取り返しのつかない傷は残っていない。
護衛騎士たちは、毎日多大なストレスと戦っている。胃薬が手放せない。
同年代の、しかも女子に負けたとなっては、レオンハルトの矜持が傷つくのか。
レオンハルトはナタリーに食らいついて、何度も何度も挑む。
互いに憎まれ口を叩きながら、戦いによって親交を深めていくナタリーとレオンハルト。
まるで喧嘩し合った男達が、西の空夕暮れ前で肩を組み、俺たち親友だよな! のノリである。
それがこの国の第五王子と、辺境伯ご令嬢の姿である。
現実逃避もしたくなるというもの。
しかし人は慣れるもので、今では護衛騎士たちも二人を温かく見守るまでになった。
現実逃避が進化しただけかもしれないが。
だが、そんな穏やかであって穏やかでない、辺境伯領での日々は、終わりを告げようとしていた。
第五王子レオンハルトとキャンベル辺境伯。二人のもとに、フランクベルト王から直々に、召集令状が届いたのである。
日時は半月後を指定してあった。